アタシは皮膚疾患を持っている。

 

 

アトピー性皮膚炎=アトピコ星人  である。

 

 

医療従事者らしくちゃんとした言葉を使ってみた、うん。

アタシがアトピーに罹患したのは・・・

確か・・・う~ん、3歳~5歳だったと思う。

 

「思う」と言っても自分で記憶していないので、

母、淡路の祖母、天草の祖母から聞いた記憶をウンショウンショと掘り起こしている・・・・・今。

 

母「アトピーでステロイドは使ったらアカンかった」

母「”とびひ”からアトピーになった」

母「ほんの数ミリのブツブツにもガーゼをそのsizeに切って薬塗って処置してた」

母「汗かく度にシャワー浴びせてた」

淡路の祖母「汗かいたらとにかく水浴びをさせていた」

天草の祖母「生魚を食べさせてブツブツが出始めた」

        「淡路のお母さん(母方祖母)から電話が掛かってきて謝られた」

 

え~っとですね、まとめますと、

幼少期、母方の祖父母宅・淡路島で過ごす時間が多かったのです、アタス。

そこで、曜日や時間や回数など全くもって覚えてないですが、祖父母宅の前まで台車を引いて魚を売りに来ているおっちゃん?がいたのです。

その場でお造りにしてくれたり、台車に沢山のお魚が乗っていたのを覚えています。

 

料理が上手だった祖母はアタシの身体の事を考えて、

新鮮なお肉では無くお魚!をよく買ってくれていました。

 

どうもトータルすると、そこのお魚をお造りにして買った魚を食べた私は、肌にブツブツが出だしたのでしょうか。

 

淡路の祖母は、父方の天草の祖母に電話して謝罪したと。

 

父と母は大阪で出会いましたが、

それはそれは目ん玉飛び出すぐらいの田舎で育った2人なもんで、

家と家の繋がりがスゴイんですね。

 

”長男の嫁”

”しきたり”

 

今 自分の身に降りかかってきたら絶対絶対死んでも死に物狂いで嫌!!!!!な、

『古き良きジャポーーーーーン』が我が家にはありました。

 

長男の子供=アタスですゥゥ~

内孫としては初孫=アタスですゥゥ~

 

「そちらの大切なお孫さんの身体に湿疹を作ってしまいました」

 

嘘でしょ!?そんな文言、人生で言ったことないって位のセリフを淡路の祖母は天草の祖母に電話で伝えたそう。

漁師である天草の祖父母は

「新鮮じゃない物を食べるとそうなるねぇ~」

と寛大に受け取ったらしいが、

新鮮は新鮮だったと思うど?

淡路島もなかなかの鮮度の物打ってるど?

 

漁師をしている者からするとそうなるのか・・・。

 

まぁ、肌にブツブツが出始めて、それがとびひと診断され、そのままアトピーに移行したのでしょう。

 

ただ、今アタス自身が医療従事者と働いていて

「とびひからアトピーに移行することはない」と

何人かから聞いたのですが・・・

 

それは専門分野ではないので、置いておいて。

 

それからのアタシはアトピーと共に生きていくことになりますゥゥる。