湘南爆走してね!
(思い出話で無駄に長文
なので、とばして最後のメッセージでも見てください)
2007年
2008年東京マラソンにしゃれで応募し、見事補欠当選。
何からはじめていいやらわからずとりあえずジムへ。
マラソン向けの筋トレとトレッドミルでの走行指導を受け
トレーニング開始。
運動らしい運動は20年くらいやっていなかったので
3㌔も走れたときにはいちいち感動していた。
走行距離も次第に伸ばし、5㌔、7㌔そして
1ヶ月後やっとこさ㌔6分で10㌔走れたときは感動の涙。
オレってすごい!でもフルってこの4倍、絶対無理だなんて思っていた。
年があけ、初めてのロード。なんだか皆にみられているようで
ちょぴり照れまくり。結構恥ずかしかったですね。
そんなおっさんも今では、信号待ちでガードレールに脚乗っけて
ストレッチやら、電柱に意味不明のてっぽう
撃ったりやりたい放題
トレッドミル出身の温室育ちは、外走るって風が顔に当たって
気持ちEことに気づきました。
東京マラソンまでの3ヶ月間で走った距離は200㌔くらい。
これでも、自分的には相当がんばって練習したつもり。
本番での目標は当然完走。
場の雰囲気に流され、5時間27分(うちスタートロス18分)で歩かず完走。
(RUN1年生前期試験合格)
ペースとか㌔何分なんてなんのこっちゃ?って感じでした。
一生に一度くらいフルマラソン走ったって経験は、話の種には
かもねかもねいいかもねなんて思ってました。
3月になり駆け込み乗車で、意地悪車掌にドアを閉められ、足を挟まれ
転倒、膝を強打。
3月4月とほとんど走らず、もうマラソンは過去の思い出に薄れかけていた
5月にトレッドミルを再開、やっぱり走るのって気持ちEことを再確認。
6月になりホームコースとなった山下公園往復を中心に外走り。
出勤前の早朝RUN、午後勤前のRUN、休みの日のRUNと
順調に距離を伸ばし、初めて100㌔超えとなった月間184㌔。
9月には、アメブロランナーさんたちと初めて出会ったよこはま月例参加。
皆さん湘南国際に出るとのことで、申し込んでおいて良かったなんて思う。
ハーフ大会3本こなし、いざ2回目のフルマラソンへ。
このときの目標タイム4時間20分。
順調に30㌔まで走ったきたけど突然のわき腹痛。歩くはめに・・・
いま思うとわき腹痛がなくても、後半の脚は残っていなかったと思う。
記録は4時間26分
(RUN1年生後期試験不合格)
湘南国際終了後、「もっと走りこみが必要だ!」と距離を走るが
調子ぶっこき過ぎ右足首の怪我。これには相当悩まされました。これまで長距離を走ると
膝が痛くなるくらいで(今では全くありませんが)故障らしい故障はしたことなく
マラソンは故障との戦いだということにも気づきました。
一時期は、歩行も困難に・・
年が開け2009年。1月~2月は月間100㌔程度。
足首の調子がどうしても良くないので接骨院通い。
足首の調整とストレッチ不足をしつこく指摘される。
これまで、ストレッチはテキトーにやってきただけに、ストレッチの重要さを知る。
(そういえば接骨院からの暑中見舞いのはがきにも「ストレッチちゃんとやってますか?」とのねっちっこい
しつこさ)
春のハーフでは思うように記録が伸びずに
挑んだ4月の掛川新茶マラソン 目標4時間15分
これまた30㌔までは2時間50分と順調に走ってきたが、右ふくらはぎが突然ピクッ!
おまけに左ふくらはぎもピクッ!両脚にふくらはぎ痙攣で悶絶茶畑に死すの巻。
リタイヤも考えたが後半ほとんど歩いて記録は4時間29分
(RUN2年生前期試験不合格)
そしていよいよRUN2年生後期試験、湘南国際マラソン(気がつけばあさってですね)
なんだか感慨深くなってきたので、呼びかけなどを。
「いま、僕たち、私たちは旅立ちます!」「旅立ちます!」
「なにかとお世話くださった用務員のおじさんたち!」←これオレの小学校卒業式のときのセリフ
この半年はLSD中心の練習に順調にやってきたつもり。
諏訪湖ハーフでは自己ベストをたたきだし、現在調子抜群
体調完璧
。
目標はグロス4時間6分←何この半端な目標?きっぱり4時間って言えって感じですが・・・
湘爆参加の皆さん!がんばりましょう!!
そして、すべてのランナーに送るおっさんからのメッセージ

(完
)
なので、とばして最後のメッセージでも見てください)2007年
2008年東京マラソンにしゃれで応募し、見事補欠当選。
何からはじめていいやらわからずとりあえずジムへ。
マラソン向けの筋トレとトレッドミルでの走行指導を受け
トレーニング開始。
運動らしい運動は20年くらいやっていなかったので
3㌔も走れたときにはいちいち感動していた。
走行距離も次第に伸ばし、5㌔、7㌔そして
1ヶ月後やっとこさ㌔6分で10㌔走れたときは感動の涙。
オレってすごい!でもフルってこの4倍、絶対無理だなんて思っていた。
年があけ、初めてのロード。なんだか皆にみられているようで
ちょぴり照れまくり。結構恥ずかしかったですね。
そんなおっさんも今では、信号待ちでガードレールに脚乗っけて
ストレッチやら、電柱に意味不明のてっぽう
撃ったりやりたい放題
トレッドミル出身の温室育ちは、外走るって風が顔に当たって
気持ちEことに気づきました。
東京マラソンまでの3ヶ月間で走った距離は200㌔くらい。
これでも、自分的には相当がんばって練習したつもり。
本番での目標は当然完走。
場の雰囲気に流され、5時間27分(うちスタートロス18分)で歩かず完走。
(RUN1年生前期試験合格)
ペースとか㌔何分なんてなんのこっちゃ?って感じでした。
一生に一度くらいフルマラソン走ったって経験は、話の種には
かもねかもねいいかもねなんて思ってました。
3月になり駆け込み乗車で、意地悪車掌にドアを閉められ、足を挟まれ
転倒、膝を強打。
3月4月とほとんど走らず、もうマラソンは過去の思い出に薄れかけていた
5月にトレッドミルを再開、やっぱり走るのって気持ちEことを再確認。
6月になりホームコースとなった山下公園往復を中心に外走り。
出勤前の早朝RUN、午後勤前のRUN、休みの日のRUNと
順調に距離を伸ばし、初めて100㌔超えとなった月間184㌔。
9月には、アメブロランナーさんたちと初めて出会ったよこはま月例参加。
皆さん湘南国際に出るとのことで、申し込んでおいて良かったなんて思う。
ハーフ大会3本こなし、いざ2回目のフルマラソンへ。
このときの目標タイム4時間20分。
順調に30㌔まで走ったきたけど突然のわき腹痛。歩くはめに・・・
いま思うとわき腹痛がなくても、後半の脚は残っていなかったと思う。
記録は4時間26分
(RUN1年生後期試験不合格)
湘南国際終了後、「もっと走りこみが必要だ!」と距離を走るが
調子ぶっこき過ぎ右足首の怪我。これには相当悩まされました。これまで長距離を走ると
膝が痛くなるくらいで(今では全くありませんが)故障らしい故障はしたことなく
マラソンは故障との戦いだということにも気づきました。
一時期は、歩行も困難に・・
年が開け2009年。1月~2月は月間100㌔程度。
足首の調子がどうしても良くないので接骨院通い。
足首の調整とストレッチ不足をしつこく指摘される。
これまで、ストレッチはテキトーにやってきただけに、ストレッチの重要さを知る。
(そういえば接骨院からの暑中見舞いのはがきにも「ストレッチちゃんとやってますか?」とのねっちっこい
しつこさ)春のハーフでは思うように記録が伸びずに
挑んだ4月の掛川新茶マラソン 目標4時間15分
これまた30㌔までは2時間50分と順調に走ってきたが、右ふくらはぎが突然ピクッ!
おまけに左ふくらはぎもピクッ!両脚にふくらはぎ痙攣で悶絶茶畑に死すの巻。
リタイヤも考えたが後半ほとんど歩いて記録は4時間29分
(RUN2年生前期試験不合格)
そしていよいよRUN2年生後期試験、湘南国際マラソン(気がつけばあさってですね)
なんだか感慨深くなってきたので、呼びかけなどを。
「いま、僕たち、私たちは旅立ちます!」「旅立ちます!」
「なにかとお世話くださった用務員のおじさんたち!」←これオレの小学校卒業式のときのセリフ
この半年はLSD中心の練習に順調にやってきたつもり。
諏訪湖ハーフでは自己ベストをたたきだし、現在調子抜群
体調完璧
。目標はグロス4時間6分←何この半端な目標?きっぱり4時間って言えって感じですが・・・
湘爆参加の皆さん!がんばりましょう!!
そして、すべてのランナーに送るおっさんからのメッセージ


(完
)