嘘はこりごり 2010.3 | 子宮体がん肉腫、卵巣がん、乳がんの体験記

突然の入院病院だったので、色々な検査もしなければならず、手術はだいたい2週間後になった。


入院翌日も、まあ、病棟内だけ、ということらしかったが、私には伝わっていなかった。

それを、分かったのが夕方星。私がLawsonコンビニにお買いものに行ったり、あちこちほっつき歩いている走る人のを、もう顔みしりのKさんが見てて、ナースステーションで先生と私の事で話題になった時、それを話し、真相が分かったのだ。


夜、私の担当だったので、彼女の口から、始めて私も事実を知った。


”ところで、痛みは?”と聞かれた。ちょうど、その時は痛くなかったが、ちょくちょく痛かったので、“痛い”と答えた。


そうしたら、彼女、どんどん突っ込んで、色々聞いてきた。さすが、私も返答に困ってしまった。しょぼん

すると、脇にいた妹が助け舟船を出してくれた。でも、雰囲気あせるがなんとなくおかしくなった。


ちょうど、そこに友人がお見舞いに来た。実は、兄たち数人が海外飛行機から用事で日本に来たのを、友人のお兄さんとそこに英語の先生が便乗車し、飛行場から直接、私に会いに来たのである。


本当は病棟を出てはいけないのだが、人数も人数だし、面会時間も過ぎていたので、ドアドアのすぐ外で、と言って特別許しを得、その場を離れた。


しかし、私は看護婦さんにうそをついた、と言うことで、凄い責められたしょぼん。それで、話すと言っても、そればかり、気になっていた。


妹は兄とは絶縁状態で、会ったのが本当に7,8年ぶり、彼女の旦那さんは始めて。でも、クリスチャンになった自分はどうしても会いたいと言って、妹と子供たち女の子男の子を連れ、病院に来たのである。それは、それでよかったと思う。


私は私で、友人や先生と話をした。でも、皆さんもお疲れだったし、これから仙台に戻られるので、15分位で、帰られた。


戻った私は、とにかく迷った。でも、嘘をつくことはよくないし、それで、謝るチャンスと勇気を祈った。


すると、9時頃、彼女がまた、まわって来た。用件を済ませてから、思いきってベッドから抜け出したこと、そして、さっきの嘘について謝った。暫く黙っていたが、”やはり痛みの度合いを言うのは難しいかね。”と、言って理解を示してくれた。


あの時ほど、うそをつくのは、絶対こりごりNG、と強く思った事はなかった。

そして、その後、彼女とは何でも言い合えるようになった。音譜