2010年4月9日井上ひさしさんが満75歳でお亡くなりになりました。

彼が有名な小説家・劇作家・放送作家 であり、「ひょっこりひょうたん島」の作者であることは

知っていたのですが、同じ町の出身であることは、数年前に知ったのでした。

郷里にも膨大な書籍を寄贈され、「遅筆堂文庫」として、一般の方にも公開されていることは、

弟から聞いていました。思い出せば、上京して新聞店に住み込みで働いていた時、僕の配達エリアの中に

劇団「ひとみ座」がありました。桜の時期には、井田堤に咲く桜がとてもきれいだったのを思い出します。

あれから40数年の歳月が流れたのですね。

ウィキペディアフリ-百貨辞典より
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%95%E4%B8%8A%E3%81%B2%E3%81%95%E3%81%97
ひょっこりひょうたん島 - Studio Version ( 高画質版 )
http://www.youtube.com/watch?v=vWs9X2pQSwI&annotation_id=annotation_523488&feature=iv
(いのうえ ひさし)
ペンネーム 遅筆堂(ちひつどう)
誕生 井上 廈(いのうえ ひさし)
1934年11月17日
死没 2010年4月9日(満75歳没)

職業 小説家・劇作家・放送作家
国籍 日本
ジャンル 小説・戯曲・随筆
代表作 『ひょっこりひょうたん島』(1964 - 1969年)
『ネコジャラ市の11人』(1970 - 1973年)
『11ぴきのねこ』(1971年)
『藪原検校』(1973年)
『吉里吉里人』(1981年)
『四千万歩の男』(1986年)
『父と暮せば』(1994年)
主な受賞歴 岸田國士戯曲賞(1972年)
直木三十五賞(1972年)
日本SF大賞(1981年)
読売文学賞(小説部門)(1981年)
星雲賞(日本長編部門)(1982年)
谷崎潤一郎賞(1991年)
菊池寛賞(1999年)
朝日賞(2000年)
毎日芸術賞(2003年)
日本芸術院賞(2009年)

今日は先日の雪もすっかりなくなり、小春日和です。
新聞の広告には、「河津桜」を観る旅行企画が、掲載されています。
もう、そこまで春が来ているのですね。
1月にはいってから、私事で忙しくしていましたので、ブログも休眠状態でした。

今年は健康のために「ジム」に通い始め、好きな歌の練習のため、「ヴォイストレ-ニング」
教室の下見をしてきました。介護の合間をぬっての練習になりますが、少しずつでも続けていこうと思っています。

僕の大好きなミュ-ジシャンの一人です。

【You're Still Here In My Mind 】

画面をダブルクリックすると、大画面でご覧いただけます。

年末年始の忙しさも終わって、ようやくのんびりできるようになりました。


去年は僕にとっていろんなことがありました。


50肩になったおかげで、リハビリに通った「健康センタ-」でカラオケに目覚めてしまいました。


もうひとつは「趣味人倶楽部」という中高年を対象にしたサイトの会員になり、沢山のお友達ができ、


リアルの世界でもカラオケのコミにティ-を通じて、素敵な方々とお会いさせていただきました。


同年代の方がほとんどなので、会話も弾み、素敵な時間を「共有」させていただきました。


みなさん、ありがとうございました。


今年は少しでも「カラオケ」がうまくなりたいので、ヴォイストレ-ニングと体力づくりのために、


スポ-ツジムに通い始めました。時々は「市民プ-ル」などで練習はしていましたが、会員になって


本格的に取り組んでみようと決意したのは初めてです。


さぁ、今年も良い年でありますよう、音楽や映画などを通じて、沢山の方と「時間の共有」が出来たらいいなぁ、


と思っております。よろしくお願いいたします。



サムのつれづれなる日誌-ジムでの練習

先日、急遽岩手県の盛岡まで行ってきました。

東北はいつも行っていますが、冬の季節はどうも苦手です。

この時期、宮城県の泉を越えると、雪になるかと思いながら

向かったのですが、幸い小雪が舞う程度で、早々に仕事を切り上げて、

帰って来ました。以前なら、近くの「健康センタ-」か車中で1泊してくるのですが、

ETCの割引を利用するために、6時間で深夜の高速を使用して帰ってきました。

これが積雪の時期なら、往復2日半ほどかかるでしょう。もうひととがんばりです。

今日はもうすぐやってくるクリスマス、ねっとのお友だちが歌っています。

動画をクリックしていただくと、YouTubeの大画面でご覧いただけます。

【The Christmas Song】Cover by Carrotさん

誰にでも旅立ちがある。43年前、僕は古びた駅のホ-ムに立っていた。

小雪がひらひら舞っていた。村の子供たちは近くの駅まで見送ってくれ、

同級生と恩師は奥羽本線の駅まで一緒に来てくれた。

今にも吹雪になりそうな空模様、汽車が到着して、こぼれ落ちそうな涙を

必死にこらえながら乗り込んだ汽車の窓からは、5人の姿が見える。

かずちゃん(仮称)はくしゃくしゃになった顔をマフラ-で隠しながら、口だけ動かしている。

S先生も下向いたままだ。えいちゃんはメガネ拭きながら、ともやんに話しかけている。


「心配ないさぁ、いやんなったら帰ってくるからさぁ」

そういったあの日から、もう43年も過ぎた。引越しをするだびになくなっていく、

思い出の品々のうち、残った1枚の「旅立ち」の写真、

みんなありがとう。元気でやってますか?


いつもご紹介させていただく「まさ」さん

【あなたへ】香西かおり/歌まさ