ストレス2
と、まあポジティブな事を書いてみたが、数時間後揺らいでもた。
まあ~~思い通りにいかない。
なんとかしたいがホンマに難しい。考えると胃がキリキリする。
良いチームを作って色んな事を皆でクリアしていきたいと自分は思ってる。
同じ温度とまではいかないがそれぞれのポジションでそれぞれの仕事に専念できれば良いチームになると思ってた。
でもこういう状態になってる事が、そもそも何かしらメカニックに問題がある。
問題があった時ほど皆さんの本音が出てクリアになる。
駆け引きが始まった。
やっぱ自力で突破するしかないんか??
それでええんかな。
まあ~~思い通りにいかない。
なんとかしたいがホンマに難しい。考えると胃がキリキリする。
良いチームを作って色んな事を皆でクリアしていきたいと自分は思ってる。
同じ温度とまではいかないがそれぞれのポジションでそれぞれの仕事に専念できれば良いチームになると思ってた。
でもこういう状態になってる事が、そもそも何かしらメカニックに問題がある。
問題があった時ほど皆さんの本音が出てクリアになる。
駆け引きが始まった。
やっぱ自力で突破するしかないんか??
それでええんかな。
ストレス
結局自分だけじゃ解決できない問題について、いつも感じる。
この1年ぐらい人を動かす事の難しさを痛感してる。ただそこに有るものを持ってきてもらうだけで、そうできる人とそうできない人が居るなんて事がはじめて解った。
振り返れば自分が22歳の時に、初めてちゃんと責任ある仕事に就いた。
それまでの自分といえば飲食店や販売員とかで「大人」たちと仕事するなんて事がなかった。
ファックスの送り方、メールの仕方、商談の仕方などの「大人」たちの世界での一般常識がゼロからスタートした。当時の先輩(今でも仲良くしてくれてる)からそんな常識も無かった事に愕然とされたのを覚えてる。当時の自分は知らない事や解らない事が恥だとは思わなかった。
今思うと、そんな事恥以外の何物でもなく、そういう仕事に就くにあたり最低限事前に勉強しとかなければならなかった。特別なスキルがあった訳でもないのだから。
業務面で言えば、日々の作業に人の何倍も時間がかかった。
イラストレーターやフォトショップの操作もまともにできなかったので、他のデザイナーが数十分でできる作業を数時間かけてやったりしてた。
しかし決定的にダメだったのは「大人」として仕事に向かい合っていなかった事だ。
一生懸命やったけどダメでしたなんて理屈が通るなんて思ってた。
周りは優しかった。
先輩にはいつも怒られてた。
その先輩の自分に対する評価はいつも厳しかった。
物の見方もいつも楽観的では無く、穿ってるというか、天の邪鬼というか独特だった。
でもこの先輩は頗る仕事のできる人で、社長や「大人」たちからの信頼と会社にもたらす結果がスゴかったので会社の中で必要な人であった。
中でも「大人」たちとの交渉事に抜群の能力があった。
自分はその先輩の姿を目の当たりにして「こういうポジションにいきたい」と思った。
若さをフォーカスしてくれ優しく接してくれる「大人」たちと当時の自分に厳しい口調でものを言うその先輩、どちらの話を真剣に聞くべきか決めた。
そして自分改造計画が始まった。
その先輩の独特の物事の見方は本質を射抜いてた。
表面的な事では無くホンマはどうやねんって言うのを捉えてた。最悪の事を常にイメージしながら「大人」たちと話してた。
それは「大人」たちの誰かが失敗する事があってもそれに左右されず結果を求めなければならないからだ。
自分はとにかくやるだけだった。業務に関しては何時間かけても必ずやる、商談もその先輩と「大人」たちの話を聞きながらたくさん考えるようにした。終わった後にその話の中で不思議に思った事や自分ならこう言ったのにと思った事を先輩に尋ねた。そうやって答え合わせをしていった。とにかくこの先輩の考え方や仕事のやり方や話し方まで何でも真似しようと思った。
入社して1年ぐらいが経過したある日、会社で次の展示会に出品する商品の「企画会議」という物が社内で何度も行われる。
各デザイナーが企画のプレゼンするのにに対して営業と仕入れ生産部門の「大人」たちとが意見を言い合い展示会サンプルをどうするかという会議だ。
朝から始まった会議はその先輩がトップバッターだった。
その先輩は社内で売上上位のブランドを数個手掛けてる。
プレゼンはいつもスムーズですぐに終わる。
この先輩は途中経過の報告よりも実態のある報告をきっちりし、展示会始まる随分前に仕事を終わらせる。しかも商品が売れるので実際営業からフリーパスのような状態で尚かつサンプルの完成度に関しても原価に関しても営業はいつも喜んでる。
資料もプレゼンの進行も完璧なので、展示会前に発注の準備も行われたりする。
結局完璧なプレゼンで彼の時間は終了した。
そして自分の番が回って来た。
自分は新しいブランドを任されてはりきってた。デザインでも他に無いキャッチーなデザインで尚かつ売り場に今まで無いような物を考え続けてプレゼンする準備をしていた。
会議用の資料も完璧に準備でき、プレゼンの流れも考え、サンプルも準備できた。
ところが、あれ程若さへのフォーカスで優しく接してくれていた「大人」たちがそのサンプルを見せると、出品に猛反対を喰らった。というより非難に近かった。
自分には勝算があった。
売り場に何度も足を運び、魅力的に見えない事やこの会社が今までやらなかった事を任された新しいブランドでやりたかった。必ず売れる自信もあった。
しかし受け入れられなかった。結局自分の中の感覚を証拠っぽい事を並べて説明するだけでは「大人」たちには解らなかった。
自分はそのプレゼンが終わってから、悔しくて悔しくて仕方が無かった。
そんな自分を見てその先輩は近くにあるいつも行く公園に誘ってくれた。
悔しさで何も言えない自分に、「もうあんな会社辞めるか」と言ってくれた。
自分も大人になって人前で涙を流すなんて無かったが、その先輩の言葉で涙が溢れた。
その先輩は解ってくれてたのかもしれない。
今回のプレゼンに向かう自分の気持ち、そして辞めようと言われて闘争心に火がつく自分の事を。
その後、社長や営業に対して何度もお願いをして、営業サイドの要望する商品も出品する代わりに、展示会にそのまま自分のデザインの物を出品する事になった。
その後結局、初回の発注は少なめだったものの自分のデザインの数品番はあっというまに店頭で売れ何度も追加が来て、ヒット商品となった。感覚で捉えた物が間違いでは無い事は嬉しかった。
しばらくして、その先輩は会社を辞めた。元々その先輩が辞める事によっての自分の入社であり手のかかる自分のせいで以外と辞めるのに時間がかかってしまった。
それからも自分はヒット商品を出せた。企画に関しては会議でその先輩のようにフリーパスになった。先輩の担当してたブランドも自分が担当し売上を落とす事は無かった。
その先輩の真似もすっかり自分のモノになった。彼の物の捉え方は今でも自分の考え方の中にある。仕事でも売れるデザイナーの言う事に「大人」たちは協力してくれた。その先輩のように協力してもらう術も解った。
その先輩が辞めて1年半ぐらい経って自分もその会社を辞めた。
勝ちの味を味わった自分は自分の夢に近づきたいので更に技術と成功事例が欲しかった。
一旦勝ちの味を味わうと同じ環境では同じ事の繰り返しになる。しかも会社の中や会社の人の事がよく解ってくる。「大人」に少し近づいた事で見えなかった事が見えた。
そうなると全く面白くなくなってしまったのだ。その先輩も随分前からたぶんそうだったんだろう。
この人が居なかったら今の自分は居ない。
ひどく気分屋で、天の邪鬼で、適当で、神経質で、狂ったように女好きで、器用すぎて、演技力のある彼と一緒にいると血管切れそうなほど笑える先輩だった。
あれから10年たっても自分は彼ほど仕事ができる人を1人か2人しか知らない。
今、自分はまた彼を思い出した。
人を動かす難しさを感じてる自分が居るならば、それは挑戦ではないかと。
あの先輩ならどうするだろうか。
自分なりのやり方でまた挑戦してみたいと思う。
久しぶりに彼と喋りたくなったので連絡してみようと思う。
いつ会っても、久しぶりにあっても全然変わってないし気にならないから。
この1年ぐらい人を動かす事の難しさを痛感してる。ただそこに有るものを持ってきてもらうだけで、そうできる人とそうできない人が居るなんて事がはじめて解った。
振り返れば自分が22歳の時に、初めてちゃんと責任ある仕事に就いた。
それまでの自分といえば飲食店や販売員とかで「大人」たちと仕事するなんて事がなかった。
ファックスの送り方、メールの仕方、商談の仕方などの「大人」たちの世界での一般常識がゼロからスタートした。当時の先輩(今でも仲良くしてくれてる)からそんな常識も無かった事に愕然とされたのを覚えてる。当時の自分は知らない事や解らない事が恥だとは思わなかった。
今思うと、そんな事恥以外の何物でもなく、そういう仕事に就くにあたり最低限事前に勉強しとかなければならなかった。特別なスキルがあった訳でもないのだから。
業務面で言えば、日々の作業に人の何倍も時間がかかった。
イラストレーターやフォトショップの操作もまともにできなかったので、他のデザイナーが数十分でできる作業を数時間かけてやったりしてた。
しかし決定的にダメだったのは「大人」として仕事に向かい合っていなかった事だ。
一生懸命やったけどダメでしたなんて理屈が通るなんて思ってた。
周りは優しかった。
先輩にはいつも怒られてた。
その先輩の自分に対する評価はいつも厳しかった。
物の見方もいつも楽観的では無く、穿ってるというか、天の邪鬼というか独特だった。
でもこの先輩は頗る仕事のできる人で、社長や「大人」たちからの信頼と会社にもたらす結果がスゴかったので会社の中で必要な人であった。
中でも「大人」たちとの交渉事に抜群の能力があった。
自分はその先輩の姿を目の当たりにして「こういうポジションにいきたい」と思った。
若さをフォーカスしてくれ優しく接してくれる「大人」たちと当時の自分に厳しい口調でものを言うその先輩、どちらの話を真剣に聞くべきか決めた。
そして自分改造計画が始まった。
その先輩の独特の物事の見方は本質を射抜いてた。
表面的な事では無くホンマはどうやねんって言うのを捉えてた。最悪の事を常にイメージしながら「大人」たちと話してた。
それは「大人」たちの誰かが失敗する事があってもそれに左右されず結果を求めなければならないからだ。
自分はとにかくやるだけだった。業務に関しては何時間かけても必ずやる、商談もその先輩と「大人」たちの話を聞きながらたくさん考えるようにした。終わった後にその話の中で不思議に思った事や自分ならこう言ったのにと思った事を先輩に尋ねた。そうやって答え合わせをしていった。とにかくこの先輩の考え方や仕事のやり方や話し方まで何でも真似しようと思った。
入社して1年ぐらいが経過したある日、会社で次の展示会に出品する商品の「企画会議」という物が社内で何度も行われる。
各デザイナーが企画のプレゼンするのにに対して営業と仕入れ生産部門の「大人」たちとが意見を言い合い展示会サンプルをどうするかという会議だ。
朝から始まった会議はその先輩がトップバッターだった。
その先輩は社内で売上上位のブランドを数個手掛けてる。
プレゼンはいつもスムーズですぐに終わる。
この先輩は途中経過の報告よりも実態のある報告をきっちりし、展示会始まる随分前に仕事を終わらせる。しかも商品が売れるので実際営業からフリーパスのような状態で尚かつサンプルの完成度に関しても原価に関しても営業はいつも喜んでる。
資料もプレゼンの進行も完璧なので、展示会前に発注の準備も行われたりする。
結局完璧なプレゼンで彼の時間は終了した。
そして自分の番が回って来た。
自分は新しいブランドを任されてはりきってた。デザインでも他に無いキャッチーなデザインで尚かつ売り場に今まで無いような物を考え続けてプレゼンする準備をしていた。
会議用の資料も完璧に準備でき、プレゼンの流れも考え、サンプルも準備できた。
ところが、あれ程若さへのフォーカスで優しく接してくれていた「大人」たちがそのサンプルを見せると、出品に猛反対を喰らった。というより非難に近かった。
自分には勝算があった。
売り場に何度も足を運び、魅力的に見えない事やこの会社が今までやらなかった事を任された新しいブランドでやりたかった。必ず売れる自信もあった。
しかし受け入れられなかった。結局自分の中の感覚を証拠っぽい事を並べて説明するだけでは「大人」たちには解らなかった。
自分はそのプレゼンが終わってから、悔しくて悔しくて仕方が無かった。
そんな自分を見てその先輩は近くにあるいつも行く公園に誘ってくれた。
悔しさで何も言えない自分に、「もうあんな会社辞めるか」と言ってくれた。
自分も大人になって人前で涙を流すなんて無かったが、その先輩の言葉で涙が溢れた。
その先輩は解ってくれてたのかもしれない。
今回のプレゼンに向かう自分の気持ち、そして辞めようと言われて闘争心に火がつく自分の事を。
その後、社長や営業に対して何度もお願いをして、営業サイドの要望する商品も出品する代わりに、展示会にそのまま自分のデザインの物を出品する事になった。
その後結局、初回の発注は少なめだったものの自分のデザインの数品番はあっというまに店頭で売れ何度も追加が来て、ヒット商品となった。感覚で捉えた物が間違いでは無い事は嬉しかった。
しばらくして、その先輩は会社を辞めた。元々その先輩が辞める事によっての自分の入社であり手のかかる自分のせいで以外と辞めるのに時間がかかってしまった。
それからも自分はヒット商品を出せた。企画に関しては会議でその先輩のようにフリーパスになった。先輩の担当してたブランドも自分が担当し売上を落とす事は無かった。
その先輩の真似もすっかり自分のモノになった。彼の物の捉え方は今でも自分の考え方の中にある。仕事でも売れるデザイナーの言う事に「大人」たちは協力してくれた。その先輩のように協力してもらう術も解った。
その先輩が辞めて1年半ぐらい経って自分もその会社を辞めた。
勝ちの味を味わった自分は自分の夢に近づきたいので更に技術と成功事例が欲しかった。
一旦勝ちの味を味わうと同じ環境では同じ事の繰り返しになる。しかも会社の中や会社の人の事がよく解ってくる。「大人」に少し近づいた事で見えなかった事が見えた。
そうなると全く面白くなくなってしまったのだ。その先輩も随分前からたぶんそうだったんだろう。
この人が居なかったら今の自分は居ない。
ひどく気分屋で、天の邪鬼で、適当で、神経質で、狂ったように女好きで、器用すぎて、演技力のある彼と一緒にいると血管切れそうなほど笑える先輩だった。
あれから10年たっても自分は彼ほど仕事ができる人を1人か2人しか知らない。
今、自分はまた彼を思い出した。
人を動かす難しさを感じてる自分が居るならば、それは挑戦ではないかと。
あの先輩ならどうするだろうか。
自分なりのやり方でまた挑戦してみたいと思う。
久しぶりに彼と喋りたくなったので連絡してみようと思う。
いつ会っても、久しぶりにあっても全然変わってないし気にならないから。
形をとどめるものなど無い。
先日知らされたことだが、自分の仕事の事でお世話になった人で当たり前のようにそこに居る人が居なくなる。
歳も近く、色々近い部分はあるのでその時に自分なりの解釈で色々考えてみたが少し怖くなった。
物事と時間には速度が有り、動き続ける事を認識させられ、改めて考えさせられる出来事だった。
自分が心地よい環境に身を置くのであれば決して忘れてはいけない事だと思う。
自分が自分らしくある為には何かを証明し続けねばならない。
ストレスのかかる環境に立たされるのは自分自身に必ず理由がある。
形をとどめるものなど無いのだから。
一瞬、一瞬に答えがありその積み重ねが変化に繋がる。
どのような人でも世の中に自分がアジャストしていかなければならない。
だからこそ大切にしなければならない事、大切だと思ってても実はそうでもない事、それらを精査しながら大人になっていくんだと思う。
お世話になったこの人からも、今の自分に繋がる考えを吸収させてもらった感謝の気持ちでいっぱいだ。
その気持ちを胸に自分は少し先に進もうと思う。
歳も近く、色々近い部分はあるのでその時に自分なりの解釈で色々考えてみたが少し怖くなった。
物事と時間には速度が有り、動き続ける事を認識させられ、改めて考えさせられる出来事だった。
自分が心地よい環境に身を置くのであれば決して忘れてはいけない事だと思う。
自分が自分らしくある為には何かを証明し続けねばならない。
ストレスのかかる環境に立たされるのは自分自身に必ず理由がある。
形をとどめるものなど無いのだから。
一瞬、一瞬に答えがありその積み重ねが変化に繋がる。
どのような人でも世の中に自分がアジャストしていかなければならない。
だからこそ大切にしなければならない事、大切だと思ってても実はそうでもない事、それらを精査しながら大人になっていくんだと思う。
お世話になったこの人からも、今の自分に繋がる考えを吸収させてもらった感謝の気持ちでいっぱいだ。
その気持ちを胸に自分は少し先に進もうと思う。