若年性認知症の妻との面会は、
いまだに月1回、15分間と限られている。
7月の面会日は、妻の誕生日を選んだ。
妻は還暦を迎えることになった。
めでたい日なので、
母がこの世を去ったことは言わないと決めた。
次回、落ち着いてから話せばいい。
面会スペースに着き、声をかけると、
妻は目で僕のことを追っているような
追っていないような状況で、
言葉を発することはなくなってしまった。
今年は妻の運転免許の更新年である。
運転免許返納と運転経歴証明書の申請を
僕が代行することを話した。
「運転経歴証明書、欲しいよね?」って、
尋ねると小さく頷いたので、
妻には僕の話が通じているのが確認できた。
前日の朝、クマゼミのシャワーを収録した。
外が猛暑であること知ってもらうためである。
妻は音源のiPadminiの画像を目で追っていた。
関東に進出したクマゼミの鳴き声は、
暑い夏をさらに盛り立てる効果がある。
九州育ちの妻には、
クマゼミの声は暑苦しく感じたかもしれない。
面会時間の終わりを知らせるアラームが、
ナースステーションから聞こえたころで、
ようやく妻は面会を意識はじめた。
そして「またね!」というと、
目がうるうるとしているのがわかった。
何かを言いたいのか、
妻はマスクを外そうとするが、
拘縮した手首のせいか、
力が及ばず諦めてしまった。
妻が何を伝えたかったか、結局はわからない。
ひとりぽっちを恐れていた妻は、
「連れてって」と言いたかったのだろうか?
「行かないで」と言いたかったのだろうか?
とても去りづらい状況に、
看護スタッフさんに助け舟を求めると、
「二人の写真をお撮りしましょうか」と、
バースデイ・ショットを撮ってくれた。
写真が撮り終わると、
妻を残しエレベーターホールへと向かった。
病院職員のセキュリティカードがないと、
ほかのフロアへ行くことができない。
後ろ髪を引かれる思いだったが、
看護スタッフさんに着いて行くしかない。
母の亡骸が運び出された際の父の涙と、
いまここで進行中の妻の悲しみが、
僕の中でしばらくの間、共鳴し続けていた…。
※母の葬儀がまだです。終わって落ち着くまでの間、
不定期更新となります。またコメント、有難うござい
ます。返信は、落ち着いてから致します。