悠優の君へ


映画です。


強迫性障害と言われる状況は、思い起こせば7才から、

そんな症状の日々を過ごしてきた福原野乃花さんの実体験を自ら監督、映画化した作品なのです。

いや、監督のみならず脚本もやってます。

ちなみに、強迫性障害とは、実際に起こり得ない事柄や状況に対する不安感に苛まれ、それが不合理であると分かっていながらも、その不安を解消するために無意味で過剰な行動を繰り返してしまう精神疾患です。

ん?分かりました?笑

笑はダメか。

彼女の場合、ひとつのエピソードとしては毎日毎日、手がボロボロになるまで洗い続けたりしました。

他にもあるのですが、

この日の舞台挨拶でも、それは強調されてました。この症状にはふたつの面があり、彼女の場合は自分が汚いから、わたしと接触した人がバイ菌が感染し、死んじゃうと考えたのだそうです。まさか、なんですが、それがリアルに襲ってくる、そんな症状。

それが強迫性障害。

思うより大変。

そんな感じなのが、色々あるのだそう。




監督の福原さん。

自身が苦労したから、

こういうものが有ると広く世間に伝えたいと、そんな思いから作った映画作品。

確かに余りというか、

全然知られてない、病い、な訳です。

性格とか、癖とか、良いように言えば、個性、で片付けられてた、事、かな。


あと、

良いなと思ったのは、敢えて自身の投影、モデルにした優乃を主人公にしなかったところ。

この作品の主人公は同級生の悠。

客観的な立場で描きたかったから、なのだそうです。確かにその手法は良きと思う。一人称で描くのも無しではないけど、苦痛ばかりの作品になっしまい、多分それはしんどい。

突き詰め過ぎるのは、如何なもの。

で、

前述の手法で、

テーマの割に、なんか明るめの作品に仕上がってまして、

これからの彼女たちには、

確実に希望が持てる、

のです。

ただ、主人公で、この作品を語る立場の悠ですが

彼女もなかなかにダークサイドを抱えてまして、主に家庭環境なのですが、

なかなかに孤独な女の子なのです。


謎はある意味簡単で、悠のモデルも福原監督。

つまり、彼女の中にあった部分を、ふたりに分けて、それぞれの個性、人として描いたのです。

ふたつの闇とでも言いますでしょうか。

彼女が抱えた病いは、長く自身で抱え込んだまま、

誰にも言えず明かせないままの長い時間があり、その間の孤独を描いたのです。


悠役の水崎涼花さんは、実は福原監督と実際、高校の同級生かつ部活も同じ、

後日水崎さんが俳優の道を歩み始めたので、今回彼女にオファーしたのですが、

高校時代、その病いに全く知らず気づかず、

福原さんから病いの事を後日告白された時があったのですが、

その時は何にも出来ず気の利いた言葉も口に出来ず、で、

ずっと後悔の気持ちを感じていたとの事。

だから、

今回の事で、

ちょっとは気持ちが軽くなった、みたいです。

お役に立てた、みたいな。


上映後、福原監督の舞台挨拶あり。

これが凄くて、

黙々と、

結構長い時間、おひとりで、

噛まずに、つまらず、映画の事とか喋り続ける。

ツッコミも出来ないくらいに、ね。

おまけに結構トーンが明るいんで、聞いてられる。

前振りがあるんで、ある意味、若干構えてしまうのですが、

彼女、明るいのだ。

勿論、上映終わりの舞台挨拶、トーク?

当然、ニコニコするよね、

ある程度大人な対応するだろうし、与えられた役割だし、

多分幾らかは無理はしてるだろうし、感じはしてますが、

でも一番自分が好きな自分の作品をわざわざ観に来てる人たちって、

まず、

敵では、無い。

だから、これからも、

前向きでお願いします、と思うばかりでございます。