その前々週のとある作品の試写会で知リ、来てみる事に。いえ何度か上映会の舞台挨拶でお顔を見たことのある女優さんに因んだ作品が3作まとめて上映があるとの事でしたので。
「雨の方舟」は主演及びプロデューサー、「パンにジャムをぬること」は主演。「うみ」は監督。
雨の方舟は大学の卒業制作作品で、パンジャムは大学3年、うみは2年の時の作品。だ、そうです。
この日は大学の卒業制作展での上映なんですが、敢えての特別上映で2年や3年の時の作品も上映され、さながら大塚菜々穂特集。
まあすでに「浜辺のゲーム」と言う4か国合作作品にメインのキャストで出演済みの実績?があるからねってところでしょうか。
ただこの日観た作品と、浜辺のゲームでの役や演技とは受ける印象はかなり異なります。
まあ、共通するのは普通を上手く演じている事。奇をてらうような事をするでもなく、淡々とその人の日常を表現してくれる。その人の普段を垣間見るような具合です。
大袈裟な表現方法だと印象には残るかもしれないが、そっちが優先されて本来伝えなくてはいけない部分がぼやけてしまう、それでは作品の意図が見えなくなる。演者が作品より目立っちゃダメでしょう、普通は。いわばパズルのワンピースなのだから。
そう言う距離感の取り方が彼女うまそうです。個人的感想として。
「雨の方舟」はなかなかにユニークな作品で最初から最後まで、多分そうなんだろうなと想像は容易に出来は、するのですが、全く謎や伏線の回収をしてくれない笑。だからあくまでも観てる観客側の想像の比重が重め。
一見柔らかく優しそうに見えるのに、本質は壁だらけでこころの中には指先すら触れさせてもくれない、そんなイメージ。こっちは分かった振りして受け止める。
若い女性が山の中に迷いこんで力尽き、とある古い家の前で倒れてしまう。因みに家は平屋でお風呂は無いか、使えないようです。余談。
彼女が目を覚ますと布団の中。隣の部屋からは人の気配が。
そもそも彼女が何故山の中を徘徊していたかも不明で、助けてくれたその家の住人達も全く彼女に何も聞かない。そう過去には触れもしない。それは最初から最後まで。
二人二人の男女4人がその家には暮らしているのだが、どうも家族でもなさそう。年齢的には兄弟のように見えなくもなく、実際その村に住む人々には、そう言ってるようです。
助けられた女性、塔子と言うのですが、最初は尋ねようとするのですが、聞けず。ただ見ていると理解していくのです、ここでのルールや暮らし方。その目線は映画を観てるこちらと同じ。
過去は問わず、しかし暗黙のルールの中でそれぞれの役割を務め、食べる事が出来、眠る事が出来る。ただ逆に言うと、それだけを繰り返していく生活。
所謂田舎と呼ばれる山村で、お年寄りばかりが暮らすその村で、彼らは実は米や野菜を盗んで暮らしを続けているのです。
年上の女性が家事をやり、年小組男女二人が盗み役。もう一人の男性はお年寄りの家を尋ね雑用を手伝っては幾らかの代償を貰う。描かれていないけれど、実はお金を盗んでいるのかも知れないですね。多分小銭レベルでしょうが。
それぞれに干渉しない生活に、塔子も馴染んだのかそもそも行くあてが無いからか、そこでの暮らし続けていく。
そして家事の手伝いと、米や野菜を盗む役を彼女が担う事になっていく。いつの間にか役割が決まっていく、そんなような空気があるのです。
ただ、それぞれに干渉しないが、しかし互いの感情での摩擦は生きている以上存在し、傷つく事も増えていく。家の中でも、そして外の世界でも。
そんな田舎であきらかに異質な共同生活をする彼らを不審がらないその村がそもそも不思議に思えて仕方なかったのですが、
村の住民達は彼らの行動を実際ちゃんと知っていて、それを受け入れていたんです。危害を加えられるわけでは無い。余った食料を共有してるだけなのだ。
きっと村の人々も寂しいのだろう、どんな形でも関わり合う人が存在する方が、居ないより良い。
人の本質の部分でしょうか。
そして
後半物語は俄然動き出すのですが、
辿り着くところは孤独や無、
日常も変わるという事に気づくのです。
緩やかテンポの作品なんで、あれこれ想像しながら思いを巡らせて貰える長編です。さすがにオチは書かない。
東京でも卒業制作展は予定されてたのですが、これ書いてる途中で、延期のお知らせを目にしてしまいました。残念ですが秋に変更との事。
彼女達の卒業後、早めの同窓会みたいな上映会になるのかも知れない。
「パンにジャムをぬること」は、短編です。監督は上記の作品と同じ瀬浪歌央さん。
意図的なんでしょうね、冒頭。
主人公の彼女、大塚さんが演じてます。
和菓子屋さんにみたらし団子を買いに行くカットが何回も繰り返されます。若干被せ感満載で。
勿論、日は違うので、そのお店の常連さん感が次第に、、、
ある日、その店の娘さんが店番を。
で、彼女達が出会うのです。
娘さん、実は聴覚が不自由です。耳に器具を装着しないと聞く事に難があります。ただそれを装着しても、聞こえ方はかなりこもったような、フィルターでも通したような音で、正直この作品で表現されている音がリアルなものなら、滅入りそうです。それを知った事だけでも、なんか思うものを感じられましたね。そう言う作品なのかな。
でも彼女、ピアノ弾いたり踊りとかもしたり。
そう、この作品で実際に演じています。明るいんですよ、そう言う姿に笑顔になる。
「うみ」も短編。
ホント短い作品です。
「どうでした?」
観終わってロビーに出てきたら、彼女の方からわざわざ見つけてくれて話し掛けてくれた。
苦笑いしながら素直に
「分からなかった」そう答えた。
この作品は何が言いたいのかって事。
2年の時、いつもの役割を変えて短編を作る実習が有ったんです。
彼女が話し始めた。
映画学科って製作コースと俳優コースがあるのですが、それを入れ替えてみる実習のようです、
多分。
わたしが監督をすることになり、
もうひとつのテーマは会話劇を作る事。
会話だけでト書きも無しで、です。
そう言えば、カメラアングルがずっと同じだった。固定?って思うくらい。もしかしたらそれも縛りが有ったのかな。
全く演じる側にいなくて演出する側のみでの作品、設定がある意味ユニークで、それ考えたのは誰?は聞きわすれてしまったけれど、
その辺りが評価されての今回の上映機会だったのかな?ただ出演してた女優さんは印象的だった。
案外と書くと失礼になってしまうかも知れないけど、監督さんで作品をその後も作ってみても?
なんて思ってしまった。
先にも書いたけれど、何を伝えたいかは不明だけど、やりたいだろうと想像する部分は面白そうでした。
出演者は3人で、多分夏の話しで、でも男性一人は死体役でひたすら横たわって死んでるだけで、それを目の前にして見ながら女子二人がアイスとか食べながら彼をディスったり、他愛のない会話を続けるのですが、
うち一人の子は実は既に死人だったりで、
それ会話の中で語られてます。
で、それ踏まえて、ずっと喋り続ける彼女は何?
そもそもタイトルのうみは何?なんですよねぇ。
ずっとバックで水が流れる音がしてて、僕は川の堤防に座って喋っている感じを受けて観てたんですが、
あれって浜辺だったのかなぁ?タイトルの「うみ」から思うに。
どちらが前後かは不明ですが彼女、
先に書いた「浜辺のゲーム」って作品に大学在学中に出演する事になるんで、なんか繋がるような笑。


