最近はテレビでドラマって実は余り観てない。
で、今季はおっさんずラブくらい。で、その流れもあっての、

ロ字ック
「掬う」
大阪梅田 HepHall にて

脚本演出は山田佳奈さん。自分としては監督された映画や女優として出演された作品は観た事は有りますが、舞台公演を見せていただくのは初めてで、果たしてどんな作品なのかさっぱり分からず、おまけに全く敢えて基礎知識無しで観劇へ。
で、何が流れって言いますと、おっさんずラブの緋夏役の佐津川愛美さんが主演。キャプテン黒澤の娘役のお嬢さんです。
実は観に行ったのが11月30日土曜の夜公演で、
帰宅後、そのドラマに彼女が出てきた時は何か不思議な感じで。
と言うのも舞台前2列目で観てたんで、ほんの目の前で、彼女が演じる姿を観てましたので。



ロジックって読みます、念のため。
あと、山田さんあくまでも演出で、舞台に出演はされてませんが、そこは女優さんでも有る為か、
終演後のトークショーではガンガンにお喋りされてました。(そもそもアフタートークが有る事も劇場で知った笑。)
そう言えばロビーでも山田さんの声だけ響き渡ってて、劇場内にも全然聞こえておりました。笑。
ゲストの方(劇団MONO主宰の土田英生さん)とのトークでは、ほぼ劇団あるあるに終始し、この公演については全くに近い程、触れず。
それも主に劇団主宰の脚本演出家は如何に病んでるかと言うお話し。挙げ句土田さんが通う心療内科教えようかって展開にまで。そんなこと聞いてないのに。
確かに一から十まで劇団の事を全部やってるような人は大概病んでるだろうなとは常日頃僕も感じてた。
大変のレベルが違うだろうからねと。
そう言う意味で年に何回も定期公演やってる人って、なんなんだろう?ってホント思ってしまう。


あらすじ
フライヤーからそのまま引用します。

30代半ばのミズエには余命幾ばくかの父がいる。父が余命受けてからと言うもの、ミズエのもとには母からの常軌を逸したメールが連日届く。しかも兄の嫁は母との折り合いが悪く母に執拗に攻撃されているとミズエに相談してきている。正直言うと、ミズエは辟易としていた。
そんなある日、中学生の友人が何十年ぶりかに彼女の家を訪ねてきて、同居を申し立てる。さらには父と関係があったと言う女子高生までもが家に押しかけてきて・・。
とある家族、余命幾ばくかの父。その娘であるミズエが女3人の奇妙な共同生活を通して他者を許すまでの過程を描く。

公式のあらすじだけど、ちょっと違う気も笑。
女3人の共同生活部分がもっとメインな話しかと思ったのだけど、そこ実は少な目で、
印象は兄夫婦と親戚の叔母親子、そしてミズエ、の5人のやり取りが強くて、
ミズエの実家(父は病院生活、母は昔に離婚しており、兄夫婦が近くに住んで面倒をみている様)に集まってはああでもないこうでもないと愚痴含みでのやり取りで、母や父のエピソードが語られていくそんな運び。おまけにこっちのやり取りは終始ドタバタしてて、本来笑いのパートなんだろうなぁと。
残念ながら僕は1度だけ軽く笑っただけで、
そもそも導入部分が重い入りなんで、気持ちが切り替わらないまま、最後まで観てしまったようです。
よくよく語られる舞台には登場しない母のエピソードも酷い話しで家族に認知症の親族がいると全く笑えない、ような。

でも女子高生が突然家に上がり込んできて当然のようにそのまま泊まろうとする謎だったり、
突然押し掛けてきた同級生の謎は其々なかなか面白かった。
家族の話しで終始されると笑い要素は有っても、病気や介護の話題になって、しんどくなりそうだったから、そう言う転換は必要。

起承転結的に徐々に分かっていく描き方で、特に東野絢音さん演じる女子高生が意外とキーとなって場面や感情を展開していくのが印象的。少し分かりにくい比喩的表現の台詞も有ったんで、もっと毒きかしても良かったかな、でも良いキャラでした。
だって、あんた誰?って立場ですよ。完全なる部外者が、結構勝手で無責任な言動で案外ミズエが影響されるのです。
あと、山下リオさんが演じられてます同級生も更に部外者で、彼女達は彼女達個々のエピソードが存在し描かれておりましたが、他の出演者さん達との少しでしたが、絡みは面白かったんで、そこもっと観たかったですね、あとその3人、共同生活ってあらすじにも有りますが、実際は、ほぼ舞台上3人での絡みは無しに近かった笑。
サイドメニューが多すぎたかな?
出演者全員に個々一応スポット当てようとしたためか、枝葉の話しが多い。
そして、これにミズエの離婚話しもまだ有って旦那も登場してくるのです、まあ、こっちが実はメインメニュー。つまりは本来ミズエを取り巻く家族の話しが主題でしょうから。

と言うわけで、
「他者を許す」これがこの作品のテーマ?
でも、ミズエと旦那の離婚したい!もう別れる!って原因が一度だけの浮気って、ちょっと浅いと言うか薄いかなぁ~笑。まあ、ミズエは一度の裏切りでも許せないってタイプなのでしょう。

流れで人間として根本的な何かが欠けてるとか後付けしてるけど、そんなに説得力は感じない。
彼の方も、結局、君は僕にさえ心を開いてくれない!とか。分かりあえていない、とか。
いや、そんなに皆さん心開いてます?
誰もが簡単には開けないから、
逆に芝居や映画のテーマに出来る訳ですよね。

最後佐津川さん号泣で大熱演で、その芝居で心動かされるものは有りましたが、
ストーリー的には、どうなんだろう。
ミズエは両親の死を切っ掛けに、誰も許せなかった自分から、全ての他者を許していき、
最終的には旦那の事も受入れて、
丸く?収まるのですが、
両親(最後、余命少ない父は亡くなり、母もそのショックからか後を追うように病死)が亡くなり、
その心の動きは単に寂しくなっただけなんじゃないかと思ったり。

タイトルが「救う」では無く「掬う」なのは、救われる立場、だと言う事なのだろうか。
違うかな?笑。

あと、
この作品全編を有る意味支配しているもの。
雨漏れ。
ミズエの実家であるこの家がずっと舞台になっていて、雨が降ると、雨漏れするのです。そしてその頻度も高い。
雨漏れのシーン、妙に叙情的な感じも受けるのですが、
修理の為に調査点検に来た工事業者さんが偶然ミズエの同級生で、ミズエが離婚間近と聞いた途端アプローチかけてきて、ミズエも自分から感情が不安定な時に連絡して一緒に飲みに行ったりして、怪しい予感をさせるのですが、
まさかそのシチュエーション設定の為に雨漏れさせたとは思えず(笑)

家=家族
雨漏れ=涙?家族と言う形が崩れていく様?
そう言う事を表したかった?
タイトル「掬う」だし、
比喩なんだろうかとか考えるのですが答えは具体的に示されたりはしてませんでした。
例によって解釈はご自由に、でしょうね、多分。