一度行くと同じ場所に何故かもう一度、割りと短期間に行く傾向が僕には有る。
ちょっと前の事。
10月の25日、先日行った高円寺シアターバッカスへ。
夜に下北沢のライブハウスへ行く予定だけど、それまでは全く予定をしていない状態で、かつ、その日は関東も台風並の大雨で、かつ、実際千葉とかでも又大きな被害が出てる程の天候の1日。
僕も実際、パーキングに車を止めて、高円寺の駅まで歩いたのですが、5分も歩けば靴やズボンはもう完全にずぶ濡れ。
だから、全くウロウロすることも 、
そしてする気もなく、
結局ミニシアターで映画を観てました。
で、一応最初に文句だけ書くと、まあその日は大雨でまあまあに肌寒い日でしたけれど、
劇場内に「暖房」がガンガンに入ってたのには参った。とにかく暑くて、映画に集中出来ないんですよね。
長編が1本と短編1本の計2本の作品の上映だったのですが、その合間に耐えかねた女性の方が出ていかれて何か要望したんでしょうね、
2本目の時には
何故か
もしくは見事に「冷房」に切り替わりました。笑。
みんな暑かったんでしょう。
思うに、温度設定を27、28度くらいにして、冷房と暖房を切り替えてしまってて、
エアコンが暖房になってた?
まあ、映画とは全く関係ない話しですが。


観に行ったのは「モラトリアム完全版」と「ローズマリーの手紙」と言う作品。
監督は共に澤佳一郎さん。

向かって右端が澤監督。

モラトリアムと言う作品を観た直後の舞台挨拶。
そもそもを存じ上げてなかったので思っていた監督のイメージが若干違った(笑)
ちょっとばかり作品の主人公役に監督をダブらせてしまってたからです。
なんか、実話と言うか、私小説風だったので。(そもそもドキュメンタリー畑出身との事)
ちなみに主人公は品田誠さんと言う俳優さんが演じられております。
品田さん、
とある俳優さんに似てるんですよ?笑。
ご存知無い方は検索して下さい。斎藤なにがしさんに、絶対寄せてる写真あります。

ちなみに舞台挨拶の方の写真は、「ローズマリーの手紙」の出演者の皆様です。
そして全く違うタイプの作品でした。
5年前に別れた元夫婦。年齢もアラ40くらいでまあ絵的にもちょっと地味かな。
元奥さんの引っ越しの手伝いにやって来たら、封が開いてない手紙を見つけてしまう。別れる切っ掛けになった、とある理由に纏わる手紙。
タイトルはそこから来てるんでしょうね。
見ててやれやれと。
泣くくらいなら、その程度の理由や思いで別れるなよって、突っ込みたくなるお話(笑)
大人のくせに、的な作品は好きな方だけど、結構この男性は精神的に幼い。勿論、人の事は言えないですが、別れた理由が薄弱過ぎて、同情するような部分も見出だせなく、女の強さだけが感覚として残る作品。
と言うか、結局女だけが強い。

「モラトリアム完全版」は93分の作品。当初の公開版は80分の作品で、本来は3時間以上ある作品らしく、80分の分は切り過ぎて、肝心の部分を描ききれなくて、
で、今回の完全版に編集公開。
なので、以前に見られた方は違う作品の感を受けるかも知れませんね。そんなに変わるとは思えませんが。
ただ自分は見比べた訳では無いんで、そこは説明出来ません。
最初の編集の作品結構評価されてたように記憶してるのだけど、
違ったのでしょうか。
しかし、一番長い、多分余り編集しなっただろう3時間を越えるバージョンは、辛いだろうなぁと。
この完全版から想像するに、漠然気味のカットが延々映されるのかなと勘繰ってしまうばかり。
ノンフィクション畑出身ですと、前置きされてるんで、この作品でもかなりそのテイストと言うか手法的なものが反映。
後半はなんとか観る気になりましたが、前半はなんか辛いな。淡々とし過ぎてて、ストーリーが掴みにくい。思い出作りのエピソードとかもっと欲しい、と言ってもそもそも依頼が無いのか(笑)いえ、主人公、誰も来ないような小さな公園で『あなたの思い出作ります』的な看板掲げて1日中座ってるだけの日々を過ごしているのです。カメラ首からぶら下げて。
で、こんな依頼があって、こうなりました的なエピソードが全く無い。
嘘でもなんか2つくらい短いエピソード入れたら?って思ってしまう。
引用的な感じで。折角のアイデアも余り意味がない。
あと品田さんがホント、モラトリアム青年なんですよ笑。役になりきってるんで、役者としては正解ですが、何か彼の魅力が削がれてるような気もします。それくらい、中身が見えないのか、そもそも中身が無いのか、そんな青年になりきってる。
女性は好きになるのかな?男性側としたら魅力を感じないんで、こういう場合は演出する監督が悪い、と言う事になるのです。笑。

それから
トランスジェンダーの彼女、画的には全く男性です。
彼女(画的には男性です、髭も生やしてて男にしか見えません、ややこしいんで「彼」と、このあとは書きます)が登場します。
主人公と彼との再会。
そこで唐突にピエロのエピソードが出てくるのですが、
あれはこの物語に出てくる登場人物達の鏡に映る姿をイメージさせるものなのでしょうか。なんて思ってしまった。
とある小説に登場するピエロに会いたくて、彼(彼女)は、公園を訪れ、主人公と再会するのです。福岡から東京まで来たって事だったと思うけど、
学生時代、彼がまだ見ため女性だった頃の初恋相手が主人公の青年だったらしい。その辺のエピソードも若干ややこしいですね。だって今は髭面のどちらかと言えばイカツイ系。初恋って?なる。良いけど。

パンフレットには結構、色んな疑問に対する回答が書かれてますってトークで監督が仰ってましたが、
買わなかったんで、色々と不明な点は不明なまま。
と言うのもこの作品は余り堀下げない方が良いような気がしたんですね、
決められた答えを確かめるのでは無く、自らが答えを探し、見つけ、それをしかし確かめない。
自分だけの自分の答えを、持てば良いのでは、と。
と、と書いたけど、結局不明な事は不明なままなので、
この作品が何を伝えたかったのか、僕なりに答えは見いだせなかったにが正直な感想。

個々のネタは良いもの思いついててそこに有るのに、活かせてない。
そんな感じでしょうか。
まあ、テイストがどっかでドキュメンタリーなのか?な?
傍観者になってる。

ジェンダーの子は同棲相手と別れて故郷に帰る事になり、
モラトリアム青年の主人公は、不毛な時間をまた繰り返すだけのようだし、
何処へも辿り着かないまま、物語は終わった。
ホント
あれ?って感じで。
まあ、それがモラトリアムって言われれば、そうなんだけどね(苦笑)