暮れなずむ公園に、三人の若者が集まっていた。彼らは今日、高校を卒業した。光と影の中、彼らはいつも一緒だった。己の趣味を突き詰めて、共に頂を目指した。彼らは自分たちを称して「義兄弟」とうそぶいた。彼らは孤峰であり、上ったはいいが怖くて降りられなくなり、みーみー鳴いている子猫だった。自分たちはどこで間違えたのだろう、と口には出さずとも三人が同じことを考えていた。おそらく今だって彼らを除いたクラスメートの皆は、卒業式の夜を楽しくカラオケでもして、今後も変わることのない友情を確かめ合っているのだ。
そんな彼らも、明日からは別々の道を歩むことになる。だがその前に会って誓いを立てようと言い出したのは、誰だったろうか。
「じゃあ、誓いの言葉を」
一人がそう言うと、他の二人が頷いた。
「俺たちはこれから、別々の道を歩くことになるだろう。でもそれは、決して別れじゃない」
「そう。俺たちはいつまでも義兄弟だ。たとえ遠く離れていても、心はいつも一つだ」
「ああ。そしてこの誓いがある限り、俺たちはずっと仲間だ」
三人は頷き合い、そして互いの手を取り合った。
「我ら三人、生まれし日、時は違えども兄弟の契りを結びしからは、心を同じくして助け合うことを誓う。同年同月同日に生まれることを得ずとも、同年同月同日に童貞を卒業することを願わん。義に背き恩を忘るれば、天人共に戮すべし。」
彼らはそれを唱えると、手を離してじっと互いの顔を見つめた。そして一人がにやりと笑う。
「ひどい誓いだ」
他の二人も同意するように頷く。
「まあ、誓言ってのは照れるよな」
「俺たちも明日には子どもじゃないからな」
子どもたちはそう言って笑い合い、それから公園を後にした。彼らの後姿を満月が明るく照らしていた。
彼らは肩を組んで夜の街を歩いていく。マックで飲み食いし、カラオケ屋で絶唱する。無論それらは前哨戦にすぎない。助走であり景気づけだ。夜の喧騒の奥深くへと向かうにつれて、三人はなんだかそわそわし始めた。
「な、なあ……俺たちって、本当にこれからするんだよな?」
「知らねーよ。でもまあ、そうなるんじゃねえか?」
「なんだか緊張するなあ」
彼らは互いに頷き合うが、それでも少し不安そうだ。今日のために綿密に打ち合わせを重ねた。自分たちの頭だけでは絵空事だと、放課後の図書室でいつも源氏物語を読み「エロ孔明」とあだ名される後輩を三度訪ねて、客観的な意見も求めた。計画に抜かりはない、はずだ。
「だが、童貞を捨てられるかどうかは、わかんねえよなあ」
「おれ、受験勉強も計画は立てるんだけど、やらなかったし」
「おい、やめてくれよ。そんなこと言われたら緊張するだろう」
三人はますますそわそわする。やがて足を止めると、辺りを見回した。ここまでは順調だ。彼らの前には大人のマッサージ店があった。それからしばらく、三人はその建物の前でうろうろしていたが、やがて誰かが意を決したように歩き出したので、残りの二人もそれに続いた。
「いらっしゃいませー」
中に入ると受付が笑顔で彼らを迎えた。しかし三人は緊張のあまり声も出ないようだ。受付は三人の顔を見て少し怪訝な顔をするが、すぐに営業スマイルを取り戻して言った。
「ようこそいらっしゃいました」
だが三人はますます無言である。受付は困った顔をしたが、やがてぽんと手を叩くと言った。
「そうだ! お兄さんたち、今日は面白いコースがあるんだけど……お試しになってみませんか?」
「お、面白いコース?」
三人が唖然としていると、受付が言った。
「はい! 最近流行りのゲームで『童貞鑑定士』と申しまして……お客様には女の子を誘惑していただいて、満足させられたらポイントがつきます」
「な、なるほど。でも誘惑ってどうすればいいんだ?」
「それはお客様のご自由です。その女の子はお客様が『童貞』だとお知りになれば、それをネタにして挑発してきますから……それでポイントを稼いでいただいて、最終的に一番ポイントを稼いだ方が勝ちとなります!」
「お、面白そうだな……」
「そういえば、聞いたことがあるかも」
「なるほど、これが、うわさの『童貞鑑定士』ゲームか」
三人は誰一人としてゲームの内容を理解できなかったが、話を合わせた。
「ではさっそくゲームスタートと行きましょうか?」受付はおもむろに口を開いた。
そして受付が合図をすると、女性が現れて部屋に音楽が流れ始めた。軽快なリズムが伝わってくる。
「ではまず、一人目の方どうぞ!」
女性の掛け声と共に、一人が歩み出る。
「お、俺か? よし、やってやる!」
彼は力強く頷くと女性の前に進み出た。彼女は微笑んで彼を迎え入れる。彼はゴクリとつばを飲み込むと女性の肩を掴んだ。彼女がビクッと震えるのにも構わずに彼は叫ぶように言った。
「お、俺と……一緒になろうぜ!!」
「はい! 失格です!」
女性はそう言うとにっこり笑って首を振った。青年は呆然とするしかなかった。そして彼女は次の挑戦者を促すように手を差し出したのだった。
「それでは、二人目の方どうぞ!」
「お、俺か? よ、よし、やってやる!」
彼は緊張のあまり汗びっしょりになりながら、女性の前に進み出た。彼女は微笑んで彼を迎え入れると、そっと手を伸ばして彼の手を握った。青年はドキッとするが、すぐに彼女の手の感触に違和感を覚えた。そして彼がその疑問を口にする前に女性は口を開いた。
「はい! 失格です!」
そして彼女は青年に向かってにっこり笑って首を振ったのだった。青年はがっくりと膝をつき、そのまま動かなくなってしまった。
「最後です、三人目の方どうぞ!」
女性が促すと、彼は青ざめた顔で前へと進み出た。震えながらも女性の前に進み出ると、小さな声で呟いた。
「……お、俺と……結婚してくれないか」
女性はそれを聞いてふふっと笑った。そして少し背伸びして彼の頰に手を当てると言った。
「はい! 合格です!」
彼女が言うと三人はホッとして顔を見合わせた。しかし次の瞬間には驚愕の表情に変わった。彼らの目の前で景色が変わったからだ。
彼らは夜の公園にいた。街灯が三人を照らしている。大人のマッサージ店も、受付も、女性も、すべてが消えていた。彼らは混乱しながら辺りを見回すが、何も見つけることはできなかった。
「なんだこれは!」
「どうなっているんだ?」
「異世界転生でもしたんか!?」
彼らはパニックになっていた。すると、どこからか風が吹き、彼らの前にぽとりと一枚の封筒が落ちた。その表に書かれた文字を読み、一人が震える声で言った。
「こ、これは……『童貞鑑定士』の合格通知!」
青年たちはごくりとつばを飲んだ。彼は合格したのだ。それが意味することは一つしかないように思えた。そう、彼は童貞を卒業したのだ。青年はその紙を握りしめると、一人歓喜に打ち震えた。そんな彼を他の二人は少し冷ややかな目で見つめていたが、あまりにも大喜びしているので、何だか呆れてしまい一緒になって喜んだ。三人は笑い合った。きっと彼らにとって今日は忘れられない日になるだろう。