【問】年金の遡及受給に伴う保護費の返還の場合は、自立更生費は認められないのですか。

 福祉事務所から、「あなたは、今回、障害年金を遡及受給したので、遡及受給した障害年金に相当する額の保護費を全額返還してもらう必要がある。 厚生労働省の通知により、年金を遡及した場合は、生活保護法第63条の返還にあたって、自立更生費を認めることはできない。」と言われました。

 数年前に交通事故に遭って、慰謝料を受領したときは、返還にあたって 自立更生費が認められたのに、なぜ年金を遡及した場合は、自立更生費は認めれないのですか。

 

 

【答】

 年金を遡及受給した場合は、生活保護法第63条により、遡及受給した年金に相当する額の保護費を返還する必要があります。

 例えば、障害基礎年金の裁定請求を行った結果、令和6年6月14日に 3年前にさかのぼって、障害基礎年金(2級)236万円(令和3年4月分~令和6年3月分の3年分遡及受給するとともに、13.6万円(令和6年4月分~5月分の2か月分定期受給した場合は、生活保護法第63条により、遡及受給した年金(236万円)に相当する額の保護費236万円を返還するとともに、定期受給した年金については、6月から月6.8万円ずつ収入認定することになります(年金は2か月遅れで収入認定)

 

 この理由は、障害年金を遡及受給を開始した3年前の令和3年4月時点で、障害基礎年金の受給権(=資力)がありながら、それをすぐには現金化できず、生活に困っていたため、生活保護を適用し 保護費を支給してきたが、この度、障害基礎年金の受給権(=資力)が現金化し、障害基礎年金を遡及受給したので、資力発生日(= 障害基礎年金の支給開始月である令和3年4月以降に支給した保護費の範囲内で、過払いとなった保護費を返還してください(つまり、資力がありながら、それをすぐには現金化できず、生活に困っていたため、保護費を支給してきたので、資力が現金化したときは、それまでに支給した保護費を返還してください。)というものです。

 

 この場合、生活保護法第63条による返還額の決定にあたっては、「別冊問答集」問13-5により、「全額(236万円)返還が 原則であるが、全額を返還させることが、その世帯の自立を著しく阻害すると認められるときは、一定の額(=自立更生費)を保護費から減額することができる。」とされています。

 

 

 そこで、ここから 質問に対する回答になりますが、困ったことに、年金の遡及受給に伴う返還額における自立更生費については、厚生労働省社会・援護局保護課長通知「生活保護費の費用返還及び費用徴収決定の取扱いについて」(平成24年7月23日付、社援保発0723第1号)において、次のとおり規定されています。

 「年金を遡及して受給した場合の返還金から自立更生費等を控除することについては、定期的に支給される年金の受給額の全額が収入認定されることとの公平性を考慮すると、上記(1)と同様の考え方で自立更生費等を控除するのではなく、厳格に対応することが求められる。‥‥‥‥ 真にやむを得ない理由により控除を認める場合があるが、事前に保護の実施機関に相談することが必要であり、事後の相談は、傷病や疾病などの健康上の理由や 災害など本人の責めによらないやむを得ない事由がない限り認められないこと。‥‥‥‥ 真にやむを得ない理由により控除する費用については、保護の実施機関として 慎重に必要性を検討すること。」

 

 このため、年金の遡及受給に伴う生活保護法第63条返還は、それ以外の生活保護法第63条返還よりも、厳格に対応する必要があり、自立更生費を認めるためには、真にやむを得ない理由がなければならないということになります。

 この「『真にやむを得ない理由』とは、どのようなものをさすのか。」ということについては、この厚生労働省通知には 具体的には記されてないため、各福祉事務所で判断することになりますので、当然、各福祉事務所によって 判断に差が生じることになります。

 

 また、年金の遡及受給に伴う保護費の返還において、自立更生費が全く認められないわけではなく「真にやむを得ない理由」があれば(例えば、夏場のエアコン購入費など)、自立更生費は認められますので、福祉事務所は、「全額を返還させることが、その世帯の自立を著しく阻害すると認められるか否か」、「自立更生費を認める真にやむを得ない理由があるか否か」等について 十分に検討する必要があり、もし福祉事務所が、それらについて十分に検討してない場合は、審査請求や裁判において、裁量権の逸脱、濫用により、返還処分が違法とされ 取り消されることもあります。

 

 さらに、私は、障害基礎年金1級 又は2級を遡及受給し、その遡及受給期間において、障害者加算が認定されていなかったときは、障害者加算額の範囲内で、自立更生費を認めてもよいのではないかと考えています。

 その理由は、「別冊問答集」では、「生活保護法による加算制度は、基準生活費において配慮されていない個別的な特別需要を補てんすることを目的として設定されたものである。‥‥‥‥ 障害により最低生活を営むのに健常者に比してより多くの費用を必要とする障害者や、通常以上の栄養補給を必要とする在宅患者や、自分自身の分のほかに胎児のための栄養補給を必要とする妊婦のように、多額の特別需要を有する者については、基準生活費のほかに その分を補てんしないと 最低生活が維持できないこととなる。‥‥‥‥ 加算制度は、このような特別の需要に着目して基準生活費に、上積みをする制度であり、したがって、加算対象者についてより高い生活水準を保障しようとするものではなく、加算によってはじめて 加算がない者と実質的な同水準の生活が保障されることになるのである。」とされているからです。

 

 このため、「障害年金の遡及受給期間において、障害者加算が認定されていなかった場合」は、これまで 最低生活費以下の生活をしてきたのですから、当然、その間の障害者加算の範囲内で 自立更生費を認めるべきあると考えます。 そうでなければ、遡及した障害年金相当額の保護費は 全額返還させ、障害者加算相当額の範囲内で自立更生費を認めないならば、公平性に欠け 理屈に合わないからです。

 

 したがって、生活保護法第63条による返還額の決定において、自立更生費が認められなかったときは、あなたのケース記録や 返還会議・ケース診断会議の議事録等について、個人情報保護条例に基づき 個人情報開示請求を行い、「全額を返還させることが、その世帯の自立を著しく阻害すると認められるか否か」、「自立更生費を認める真にやむを得ない理由があるか否か」等について、福祉事務所が 十分に検討を行っているかどうかを調べ、十分に検討を行ってない場合は、都道府県知事に審査請求を行えば、返還処分が取り消される可能性があります。

 

 また、福祉事務所に対しては、「自立更生費が認められなかったことに納得できないので、審査請求を行い、審査請求の結果が出るまでは、返還に応じることはできない。」と言いましょう。

 審査請求の結果、仮に あなたの主張が認められなかったときは、毎月1,000円程度を返還しましょう。 福祉事務所は、あなたが同意しない限り、一方的に 毎月の返還額を決めたり、勝手に 保護費から毎月の返還額を差し引くことはできません

 したがって、あなたが 納得できるまでは、決して「申出書」「履行延期申請書」(名称は 市町村で異なるかもしれません。)を福祉事務所に提出しないでください。

 

 なお、年金の遡及受給に伴う自立更生費については、このブログの6月15日の記事「生活保護と年金遡及」や、10月24日の記事「生活保護と 生活保護受給前分の年金の遡及受給」12月18日の記事「生活保護と自立更生費」などを参考にしてください。

 

 

 

(参考)

「別冊問答集」

(2)加算

 生活保護法による加算制度は、基準生活費において配慮されていない個別的な特別需要を補てんすることを目的として設定されたものである

 個別的特殊事情といっても、人間には趣味嗜好の相違等 何がしかの個人差があり、これに伴って生活需要に差異を生じることもまったく否定することはできないが、基準生活費は、この程度の個人差を吸収した平均的なものとして設定されている。

 しかしながら、障害により最低生活を営むのに健常者に比して より多くの費用を必要とする障害者や、通常以上の栄養補給を必要とする在宅患者や、自分自身の分のほかに胎児のための栄養補給を必要とする妊婦のように、多額の特別需要を有する者については、基準生活費のほかに その分を補てんしないと最低生活が維持できないこととなる。

 加算制度は、このような特別の需要に着目して基準生活費に、上積みをする制度であり、したがって、加算対象者について より高い生活水準を保障しようとするものではなく、加算によってはじめて 加算がない者と実質的な同水準の生活が保障されることになるのである。

 

 

 

〇問13-5 法第63条に基づく返還額の決定

(問)

 災害等による補償金を受領した場合、年金を遡及して受給した場合等における法第63条に基づく返還額の決定に当たって、その一部又は全部の返還を免除することは考えられるか。

 

(答)

(1)法第63条は本来、資力はあるが、これが直ちに最低生活のために活用できない事情にある場合に とりあえず保護を行い、資力が換金されるなど最低生活に充当できるようになった段階で 既に支給した保護金品との調整を図ろうとするものである。

 したがって、原則として当該資力を限度として支給した保護金品の全額を返還額とすべきである

(2)しかしながら、保護金品の全額を返還額とすることが 当該世帯の自立を著しく阻害すると認められるような場合については、次の範囲において それぞれの額を本来の要返還額から控除して返還額を決定する取扱いとして差し支えない

 なお、次第8の3の(5)に該当する必要経費については、当該収入から必要な最小限度の額を控除できるものである。

 ア 盗難等の不可抗力による消失した額。(事実が証明されるものに限る。)

 イ 家屋補修、生業等の一時的な経費であって、保護(変更)の申請があれば保護費の支給を行うと実施機関が判断する範囲のものにあてられた額。(保護基準額以内の額に限る。)

 ウ 当該収入が、次第8の3の(3)に該当するものにあっては、課第8の40の認定基準に基づき実施機関が認めた額。(事前に実施機関に相談があったものに限る。ただし、事後に相談があったことについて真にやむを得ない事情が認められるものについては、挙証資料によって確認できるものに限り同様に取り扱って差し支えない。)

 エ 当該世帯の自立更生のためのやむを得ない用途にあてられたものであって、地域住民との均衡を考慮し、社会通念上容認される程度として実施機関が認めた額。

 なお、次のようなものは自立更生の範囲には含まれないものである。

  ① いわゆる浪費した額

  ② 贈与等により当該世帯以外のためにあてられた額

  ③ 保有が容認されない物品等の購入のためにあてられた額

 オ 当該収入があったことを契機に世帯が保護から脱却する場合にあっては、今後の生活設計等から判断して当該世帯の自立更生のために真に必要と実施機関が認めた額。

(3)返還額の決定は、担当職員の判断で安易に行うことなく、法第80条による返還免除の決定の場合と同様に、そのような決定を適当とする事情を具体的かつ明確にした上で実施機関の意思決定として行うこと

 なお、上記のオに該当するものについては、当該世帯に対してその趣旨を十分説明するとともに、短期間で再度保護を要することとならないよう必要な生活指導を徹底すること。

 

 

 

〇厚生労働省 社会・援護局 保護課長通知                                                                                                                                  社援保発0723第1号

平成24年7月23日

 

   都道府県

 各 指定都市 民生主管部(局)長 殿

   中 核 市

                              厚生労働省社会・援護局保護課長

 

 

生活保護費の費用返還及び費用徴収決定の取扱いについて

 

 生活保護行政の推進については、平素から格段の御配慮を賜り厚く御礼申し上げます。

 生活保護制度は、生活保護法(以下「法」という。)第4条に基づき、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生話の維持のために活用することを要件としていますが、急迫の場合や資力はあるものの直ちに活用できない事情がある場合は適用され得るものです。

 ただし、資力があることを確認した際は、資力の発生時期に遡って法第63条に基づく費用返還を当該被保護者に対して求めることとしています。

 また、不実の申請その他不正な手段により保護を受けた者、又は受けさせた者に対しては、法第78条に基づく費用徴収を行うこととしています。

 本制度は、支援が必要な人に確実に保護を実施する必要があると同時に、不正事案については、全額公費によってその財源が賄われていることに鑑みれば制度に対する国民の信頼を揺るがす極めて深刻な問題であるため、厳正な対処が必要です。

 また、平成23年度の会計検査院実地検査の結果、費用返還及び費用徴収の取扱いについて、一部の実施機関において本来であれば法第78条を適用し費用徴収するべきものに対し、法第63条を適用し費用返還を求めている事案や返還金等の額の算定が適切に行われていなかったものなど不適切な事案が見受けられ、是正改善を行うべきとの指摘を受けているところです。

 このため、保護費及び就労自立給付金の費用返還及び費用徴収決定の取扱いについては、下記の事項に留意の上、適正かつ厳格な処理に当たられるよう管内保護の実施機関に対し周知徹底いただくようお願いします。

 

 

1 法第63条に基づく費用返還の取扱いについて

(1)返還対象額について

     法第63条に基づく費用返還については、原則、全額を返還対象とすること

   ただし、全額を返還対象とすることによって 当該被保護世帯の自立が著しく阻害されると認められる場合は、次に定める範囲の額を返還額から控除して差し支えない

 なお、返還額から控除する額の認定に当たっては、認定に当たっての保護の実施機関の判断を明確にするため、別添1の様式を活用されたい。

 ① 本人が十分注意を払っていたにもかかわらず 盗難等の不可抗力により消失した額であって、警察にも遺失届が出されており、消失が不可抗力であることを確実に証明できる場合。

 ② 家屋補修、生業等の一時的な経費であって、保護(変更)の申請があれば 保護費の支給が認められる と保護の実施機関が判断する範囲のものに充てられた額。(保護基準額以内の額に限る。)

 ③ 当該収入が、「生活保護法による保護の実施要領について」(厚生省発社第123号 厚生事務次官通知)第8の3の(3)に該当するものにあっては、「生活保護法による保護の実施要領の取扱いについて」(社保第34号 厚生省社会局保護課長通知)第8の40の認定基準に基づき、保護の実施機関が認めた額。(事前に実施機関に相談があったものに限る。ただし、事後に相談があったことについて真にやむを得ない事情が認められるものについては、挙証資料によって確認できるものに限り、同様に取り扱って差しつかえない。)

 ④ 当該世帯の自立更生のためのやむを得ない用途に充てられたものであって、地域住民との均衡を考慮し、社会通念上容認される程度として保護の実施機関が認めた額。 ただし、以下の使途は自立更生の範囲には含まれない。

 (ア)いわゆる浪費した額(当該収入を得たことを保護の実施機関に届け出ないまま費消した場合を含む)

 (イ)贈与等により当該世帯以外のために充てられた額

 (ウ)保有が容認されない物品等の購入のために充てられた額

 (エ)保護開始前の債務に対する弁済のために充てられた額

 ⑤ ④にかかわらず、遡及して受給した年金については、(2)により取扱うこと。

 ⑥ 当該収入があったことを契機に世帯が保護から脱却する場合であっては、今後の生活設計等から判断して当該世帯の自立更生のために真に必要と保護の実施機関が認めた額。この場合、当該世帯に対してその趣旨を十分説明するとともに、短期間で再度保護を要することとならないよう必要な生活指導を徹底すること。

 なお、「当該収入があったことを契機に世帯が保護から脱却する場合」とは、当該収入から過去に支給した保護費相当額を返還した上でなお残額があり、その残額により今後相当期間生活することが可能であると見込まれる場合や、残額がない場合であっても当該収入を得ると同時に定期的収入等が得られるようになった場合をいう。

 そのため、当該収入に対して保護費の返還を求めないことと同時に、専ら当該世帯の今後の生活費用全般に充てることを「自立更生」に当たるものとする取扱いは認められないので留意すること。

 

(2)遡及して受給した年金収入にかかる自立更生費の取扱いについて

 年金を遡及して受給した場合の返還金から自立更生費等を控除することについては、定期的に支給される年金の受給額の全額が収入認定されることとの公平性を考慮すると、上記(1)と同様の考え方で自立更生費等を控除するのではなく、厳格に対応することが求められる。

 そのため、遡及して受給した年金収入については、次のように取扱うこと。

 (ア)保護の実施機関は、被保護世帯が年金の裁定請求を行うに当たり、遡及して年金を受給した場合は、以下の取扱いを説明しておくこと。

   ① 資力の発生時点によっては、法第63条に基づく費用返還の必要が生じること

   ② 当該費用返還額は、原則として全額となること

   ③ 真にやむを得ない理由により控除を認める場合があるが、事前に保護の実施機関に相談することが必要であり、事後の相談は、傷病や疾病などの健康上の理由や 災害など本人の責めによらないやむを得ない事由がない限り認められないこと

 (イ)原則として遡及受給した年金収入は全額返還対象となるとした趣旨を踏まえ、当該世帯から事前に相談のあった、真にやむを得ない理由により控除する費用については、保護の実施機関として慎重に必要性を検討すること

 (ウ)資力の発生時点は、年金受給権発生日であり、裁定請求日又は年金受給日ではないことに留意すること。また、年金受給権発生日が保護開始前となる場合、返還額決定の対象を開始時以降の支払月と対応する遡及分の年金額に限定するのではなく、既に支給した保護費の額の範囲内で受給額の全額を対象とすること。

 

 (以下、略)