【問】保護費をやり繰りして貯めた預貯金は,いくらまでであれば,福祉事務所に保有を容認されますか?

 

 将来に備えて,保護費をやり繰りして預貯金を貯めても,預貯金の額が多額になると,収入認定され,保護が停止又は廃止されると聞きますが,いくらまでであれば,福祉事務所に預貯金の保有を容認されるのですか?

 

 

 

【答】

 保護費をやり繰りして貯めた預貯金の取扱いについては,厚生労働省保護課長通知 問(第3の18)(保護費のやり繰りによって生じた預貯金等)に記載されています。

 それには,「当該預貯金等が既に支給された保護費のやり繰りによって生じたものと判断されるときは,当該預貯金等の使用目的を聴取し,の使用目的が 生活保護の趣旨目的に反しないと認められる場合については,活用すべき資産には当たらないものとして,保有を容認して差しつかえない。‥‥‥‥  保有の認められない物品の購入など 使用目的が生活保護の趣旨目的に反すると認められる場合には,最低生活の維持のために活用すべき資産とみなさざるを得ない旨を被保護者に説明した上で,状況に応じて収入認定や要否判定の上で保護の停止又は廃止を行うこと。」と記載されています。

 

 つまり,保護費をやり繰りして貯めた預貯金の使用目的が,生活保護の趣旨目的に反しないと認められる場合については,活用すべき資産には当たらないものとして,保有を容認されますが, 保有の認められない物品の購入など 使用目的が生活保護の趣旨目的に反すると認められる場合には,最低生活の維持のために活用すべき資産とみなされ,状況に応じて収入認定や要否判定の上で 保護の停止又は廃止が行われる場合がある ということであり,原則として保有が容認されてない自動車を購入するとか,又は 違法な目的に使用しない限りは,収入認定の対象ではなく,その保有が容認されるということになります。

 

 それでは,いくらまでであれば,預貯金の保有が容認されるのか ということですが, 厚生労働省の通知等には,具体的な金額が記されているものはありません。 家電製品の買い替え費用であれば,通常,50~60万円程度は認められると思います。

 また,具体的な使用目的がないと,保有は認められないか というと,そういうことはありません。 厚生労働省 保護課長通知には,「保有の認められない物品の購入など 使用目的が生活保護の趣旨目的に反すると認められる場合には,最低生活の維持のために活用すべき資産とみなさざるを得ず,状況に応じて収入認定や要否判定の上で保護の停止又は廃止を行うこと。」と記載されており,具体的な使用目的がない場合に,最低生活の維持のために活用すべき資産とみなすなどとは,どこにも書かれていません。

 

 それにもかかわらず,秋田県内の福祉事務所は,将来に備えて貯めた預貯金 約81万円のうち,約27万円については,具体的な使用目的がないから という理由により,最低生活の維持のために活用すべき資産とみなし,収入認定を行い,保護費を減額しました。 そのため,原告は,保護変更処分(保護費の減額)の取り消し訴訟を提起し(加藤訴訟),その結果,平成5年4月23日に 秋田地裁は,「預貯金の目的が,健康で文化的な最低限度の生活の保障,自立更生という生活保謾費の支給の目的ないし趣旨に反するようなものでないと認められ,かつ,国民一般の感情からして保有させることに違和感を覚える程度の高額な預貯金でない限りは,これを収入認定せず,被保護者に保有させることが相当で,このような預貯金は法第4条,第8条でいう活用すべき資産,金銭等には該当しない というべきである。」と判示し,保護変更処分を取り消す判決を出しました(判決確定)。

 

 したがって,在宅生活者であり,100万円を少し超える程度であれば,具体的な使用目的がない場合であっても,活用すべき資産には当たらないものとして,保有を容認されると思われます。 しかし,100万円を大幅に超えると,最低生活の維持のために活用すべき資産とみなされ,収入認定される可能性があると思いますので,注意する必要があります。

 また,長期入院患者や 長期施設入所者などについては,在宅生活者と異なり,家電製品の買い替え費用や 家屋修理費などに充てるため,保護費をやり繰りして預貯金を貯める必要性はないため,最低生活の維持のために活用すべき資産とみなされ,収入認定される可能性が高くなると思われます。

 

 

 

(参考)

〇厚生労働省 保護課長通知

〔保護費のやり繰りによって生じた預貯金等〕

問(第3の18)

 生活保護の受給中,既に支給された保護費のやり繰りによって生じた預貯金等がある場合は,どのように取り扱ったらよいか?

 

 被保護者に,預貯金等がある場合については,まず,当該預貯金等が保護開始時に保有していたものではないこと,不正な手段(収入の未申告等)により蓄えられたものではないことを確認すること。 当該預貯金等が既に支給された保護費のやり繰りによって生じたものと判断されるときは,当該預貯金等の使用目的を聴取し,その使用目的が生活保護の趣旨目的に反しないと認められる場合については,活用すべき資産には当たらないものとして,保有を容認して差しつかえない。 なお,この場合,当該預貯金等があてられる経費については,保護費の支給又は就労に伴う必要経費控除の必要がないものであること。

 また,被保護者の生活状況等について確認し,必要に応じて生活の維持向上の観点から 当該預貯金等の計画的な支出について助言指導を行うこと。

 さらに,保有の認められない物品の購入など 使用目的が生活保護の趣旨目的に反すると認められる場合には,最低生活の維持のために活用すべき資産とみなさざるを得ない旨を被保護者に説明した上で,状況に応じて収入認定や要否判定の上で保護の停止又は廃止を行うこと

 

 

 

〇加藤訴訟:平成5年4月23日 秋田地裁判決(「判例 生活保護」より)

<事案の概要>

 原告が障害年金及びび生活保護費から将来の出費に備えるため形成した 80万円余りの預貯金について,福祉事務所長から一部を収入認定されて 保護費を減額された保護変更処分に対する取消訴訟 及び一部の使途を限定する指導指示に対する無効確認訴訟である。  

 

<判旨〈第一審〉>原告勝訴:確定

 一般的にいって 預貯金が,法第4条の利用し得る資産,法第8粂の金銭又は物品に該当することは明らかである。 しかしながら,本件預貯金は,前記認定のとおり,収入認定を受けた障害年金と支給された保護費のみによって形成されたものである点で,当然に 法第4条,法第8条の活用すべき資産,金銭又は物品とし,これを原告に保有させず,収入認定することが,法第4条,第8条の解釈として許されるかは検討を要する。

 被告は,この点につき 法第4条の資産は,積極的財産一切を指すのであり,当然預貯金も資産に入り,しかも,金銭は一旦取得した後は,取得原因により区分されることはなく,また,生活保護は,現在の需要にこたえるもので,活用すべき資産も現に存するものであれば,これを活用すべきであるから,預貯金は源賢にかかわらず,これを活用すべき資産と取り扱うべきで,ただ,冠婚葬祭に当たって贈与された金銭など,社会通念上収入として取り扱うことが相当でないものや,必要な耐久消費財の購入など 保護の目的にかなう具体的,合理的な使用目的を有する金銭を預貯金の形で保有することだけが許されると解釈すべきであるところ,本預貯金のうち,弔慰に当てるべき45万7,000円,1か月分の最低生活費の3割である3万4,530円,昭和60年2月分に相当する障害年金4万7,816円を除いた 27万3,407円には,法の目的にかなった具体的合理的使用目的がないから保有を許さず,活用すべき資産として収入認定すべきである旨主張する。

 しかしながら,預貯金であっても,その原資を把握することは可能であるから.金銭は一旦取得した後は,取得原因により区別することができないことを理由に,預貯金の原資によって保有させるものと そうでないものとを区別することはできないとは言えない。    

 また.収入詔定を受けた収入と 支給された保護費は,国が憲法,生活保護法に基づき,健康で文化的な最低限度の生活を維持するために被保護者に保有を許したものであって,こうしたものを原資とする預貯金は,被保護者が 最低限度の生活を下回る生活をすることにより蓄えたものということになるから,本来,被保護者の現在の生活を,生活保護法により保障される最低限度の生活水準にまで回復させるためにこそ 使用されるべきものである。 したがって,このような預貯金は,収入詔定して,その分 保護費を減額することに本来的になじまない性質のものといえる。

 更に,現実の生活の需要は,時により差があり,ある時期において普段よりも多くの出費が予想されることは十分あり得ることであり,そのことは 被保護世帯も同様であるから,保禊費や収入詔定を受けた収入のうちの一部を 預貯金の形で保有し将来の出費に備えるということも,ある程度 是認せざるを得ないことである。

 もっとも,原資が前記のような預貯金であっても,その目的が,特別な理由のない一般的な蓄財のためであったり,不健全な使用目的のものであるなど,生活保護費を支給した目的に反する場合には,その保有を許さなくとも,生活保護法の趣旨に反するとは言えないし,また,こうした預貯金が,国民一般の感情からして違和感を覚えるような高額なものである場合にも,同様というべきである。

 結局,生活保護費のみ,あるいは,収入認定された収入と 生活保護費のみが原資となった預貯金については,預貯金の目的が,健康で文化的な最低限度の生活の保障,自立更生という生活保謾費の支給の目的ないし趣旨に反するようなものでないと認められ,かつ,国民一般の感情からして保有させることに違和感を覚える程度の高額な預貯金でない限りは,これを収入認定せず,被保護者に保有させることが相当で,このような預貯金は法第4条,第8条でいう活用すべき資産,金銭等には該当しないというべきである。

 なお,被告は,具体的な耐久消費財の購入等 預貯金の目的が 相当具体的で,かつ,それが生活保護法の趣旨に反しない預貯金である場合以外は 保有は許されず,将来の不時の出費に備えるという程度では足りないと主張するが,生活保護費と収入認定を受けた収入で形成された預貯金については,前記のような原資の性格からして,目的がそこまで具体的でなくとも,生活保護法の目的ないし趣旨に反しないものであれば,これを保有させるべきである