【問】生活保護法第63条により,過払いとなった保護費を返還する場合は,毎月,福祉事務所の言うとおりの額を返還する必要があるのですか?

 

 私は,先日,障害年金を遡及受給したため,福祉事務所から 生活保護法第63条により,全額を一括返還するか,又は 一括返還できないときは,分割で毎月1万円を返還するように言われました。

 しかし,保護受給前に知人に借金があり,遡及受給した年金の大部分を 借金の返済に充てたので,毎月1万円を返還した場合は,生活がかなり苦しくなります。 私は,福祉事務所の言うとおりに,毎月1万円を返還しなければならないのでしょうか。

 

 

 

【答】

 あなたは,毎月 福祉事務所の言うとおりの額を返還する必要はなく,返済回数や 毎月の返還額・徴収額については,福祉事務所と交渉することが可能です。

 生活保護法による返還金・徴収金には,「 法第63条のみ適用の返還金,   法第63条と第77条の2適用の返還金(徴収金),   法第78条適用の徴収金」の3種類があります。

 

 1番目「① 法第63条のみ適用の返還金」については,福祉事務所の過失により過払いとなった保護費の返還を求めるもので,返還金については,保護費からの天引きができず,納付書による返還となります。

 この返還金は,保護受給者の方には何ら過失や責任がなく,福祉事務所の過失により保護費が過払いとなったものであり,返還処分の取消訴訟において,福岡地裁や東京地裁の判決では,原告(保護受給者)が勝訴し,返還処分が取り消されています

 また,この2つの判決が出た後は,返還処分の取り消しを求める都道府県知事への審査請求においても,原告(保護受給者)が勝訴し,返還処分が取り消される裁決が増加しています

 

 したがって,私の個人的な意見は,福祉事務所の過失により過払いとなった保護費の返還を求めることは,結果的に 福祉事務所の過失を 保護受給者の方に責任転嫁するものですから,返還する必要はなく(返還しなくても 罰則はありませんし,強制的に徴収することもできません。),返還するにしても,月額 500~1,000円程度で差し支えないと思います(これについては、このブログの6月29日の記事「生活保護と 担当員のミスによる保護費の返還(№1)」や,7月16日の記事「生活保護と 担当員のミスによる保護費の返還(№2)」をご覧ください。)。

 

 2番目「② 法第63条と第77条の2適用の返還金(徴収金)」については,平成30年10月1日以後に支払われた保護費に係る返還金(徴収金)に対して適用されるものであり,資力がありながら,すぐには現金化できないため 保護費を支給し,その後で 資力が現金化したので,資力発生日以降に支給し  過払いとなった保護費の返還を求めるものです。

 具体的には 交通事故による補償金・保険金や,遡及して受給した年金などが該当し,「別冊問答集」問13の5(次の参考資料を参照)により,全額返還させることが,その世帯の自立を著しく阻害すると認められるときは,返還額(徴収額)から自立更生費を控除することができることとなっていますので,自立更生費の認定について 福祉事務所に要望しましょう(自立更生費については,このブログの12月18日の記事「生活保護と自立更生費」をご覧ください。)

 なお,この返還金(徴収金)については,保護費からの天引きが可能です。

 

 3番目「③ 法第78条適用の徴収金」については,平成26年7月1日以後に支払われた保護費等の不正受給に対して適用されるものであり,徴収額から自立更生費の控除は認められず,この徴収金については,保護費からの天引きが可能です。

 また,不正受給額が多額であったり,不正受給を繰り返すなど 悪質な事例のときは,徴収額に4割を上乗せして徴収することができますし,罰則規定もあります。

 ただし,法第78条が適用されるのは,不正受給の意図があって,福祉事務所に収入の申告をしなかったり,偽りの申告を行い,保護費を不正に受給した場合であり,不正受給の意図はなく,ただ単に うっかり申告をし忘れた場合は,法第78条ではなく,法第63条の適用になります。 

 また,稼働収入については,法第63条適用のときは,基礎控除が適用されますが,法第78条適用のときは,基礎控除が適用されず,自立更生費も認められていません。

 なお,この不正受給の意図があったことの立証責任は,福祉事務所にありますので,その立証ができないときは,やむを得ず 法第63条が適用されます。

 

 上記の返還金・徴収金の取扱いについては,参考資料の厚生労働省 保護課長通知の「生活保護費の費用返還及び費用徴収決定の取扱いについて」(平成24年7月23日付,社援保発0723第1号)に定められており,上記の②,③の返還金・徴収金については,保護費からの天引きが可能ですが, 返還・徴収対象者の了承なく,福祉事務所が 勝手に保護費から天引きできず,返還・徴収対象者から「申出書」を提出してもらう必要があり,「この申出書の提出は,任意の意思に基づくものであり,提出を強制するものではない」とされています。

 したがって,返還・徴収対象者から,この「申出書」が福祉事務所へ提出されない限り,福祉事務所は 勝手に保護費から返還金・徴収金を天引きすることはできません

 

 また,この厚生労働省 保護課長通知には,毎月の返還額・徴収額については,「単身世帯であれば 5,000円程度,複数世帯であれば 10,000 円程度を上限の目安とし,障害者加算や母子加算等の加算額相当分,就労収入に係る基礎控除額相当分を,上限額の目安に加えて差し支えないものとする。」と記されていますので,単身世帯で 加算等がない人については,月 3,000~5,000円程度を返還すればよいということになります。

 

 福祉事務所の中には,毎月の返還額・徴収額を,生活扶助費の1割や 1万円と定めているところもありますが,これに従う必要はなく,単身世帯で 加算等がない場合は,月 3,000~5,000円程度を返還すればよいということです。

 つまり,返還金・徴収金の返還については,福祉事務所にも様々な制約がありますので,必ずしも福祉事務所の言うことに従う必要はなく,返済回数や 毎月の返還額・徴収額については,必ず福祉事務所と交渉しましょう

 

 

 

(参考)

〇生活保護法

(費用返還義務)

第63条 被保護者が,急迫の場合等において 資力があるにもかかわらず,保護を受けたときは,保護に要する費用を支弁した都道府県又は市町村に対して,すみやかに,その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額を返還しなければならない。

 

第77条の2 急迫の場合等において資力があるにもかかわらず,保護を受けた者があるとき(徴収することが適当でないときとして厚生労働省令で定めるときを除く。)は,保護に要する費用を支弁した都道府県又は市町村の長は,第63条の保護の実施機関の定める額の全部又は一部をその者から徴収することができる。

2 前項の規定による徴収金は,この法律に別段の定めがある場合を除き,国税徴収の例により徴収することができる。

 

第78条 不実の申請その他不正な手段により保護を受け,又は他人をして受けさせた者があるときは,保護費を支弁した都道府県又は市町村の長は,その費用の額の全部又は一部を,その者から徴収するほか,その徴収する額に100分の40を乗じて得た額以下の金額を徴収することができる。

2 偽りその他不正の行為によって医療,介護又は助産若しくは施術の給付に要する費用の支払を受けた指定医療機関,指定介護機関又は指定助産機関若しくは指定施術機関があるときは,当該費用を支弁した都道府県又は市町村の長は,その支弁した額のうち返還させるべき額をその指定医療機関,指定介護機関又は指定助産機関若しくは指定施術機関から徴収するほか,その返還させるべき額に100分の40を乗じて得た額以下の金額を徴収することができる。

3 偽りその他不正な手段により就労自立給付金若しくは進学準備給付金の支給を受け,又は他人をして受けさせた者があるときは,就労自立給付金費又は進学準備給付金費を支弁した都道府県又は市町村の長は,その費用の額の全部又は一部を,その者から徴収するほか,その徴収する額に100分の40を乗じて得た額以下の金額を徴収することができる。

4 前条第2項の規定は,前3項の規定による徴収金について準用する。

 

第78条の2 保護の実施機関は,被保護者が,保護金品(金銭給付によって行うものに限る。)の交付を受ける前に,厚生労働省令で定めるところにより,当該保護金品の一部を,第77条の2第1項又は前条第1項の規定により保護費を支弁した都道府県又は市町村の長が徴収することができる徴収金の納入に充てる旨を申し出た場合において,保護の実施機関が当該被保護者の生活の維持に支障がないと認めたときは,厚生労働省令で定めるところにより,当該被保護者に対して保護金品を交付する際に当該申出に係る徴収金を徴収することができる

2 第55条の4第1項の規定により就労自立給付金を支給する者は,被保護者が,就労自立給付金の支給を受ける前に,厚生労働省令で定めるところにより,当該就労自立給付金の額の全部又は一部を,第77条の2第1項又は前条第1項の規定により保護費を支弁した都道府県又は市町村の長が徴収することができる徴収金の納入に充てる旨を申し出たときは,厚生労働省令で定めるところにより,当該被保護者に対して就労自立給付金を支給する際に当該申出に係る徴収金を徴収することができる。

3 前2項の規定により第77条の2第1項又は前条第1項の規定による徴収金が徴収されたときは,当該被保護者に対して当該保護金品(第1項の申出に係る部分に限る。)の交付又は当該就労自立給付金(前項の申出に係る部分に限る。)の支給があつたものとみなす。

 

(罰則)

第85条 不実の申請その他不正な手段により保護を受け,又は他人をして受けさせた者は,3年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。 ただし,刑法に正条があるときは,刑法による。

 偽りその他不正な手段により就労自立給付金若しくは進学準備給付金の支給を受け,又は他人をして受けさせた者は,3年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。ただし,刑法に正条があるときは,刑法による。

 

 

 

〇別冊問答集

 問13-5 法第63条に基づく返還額の決定

(問)

 災害等による補償金を受領した場合,年金を遡及して受給した場合等における法第63条に基づく返還額の決定に当たって,その一部又は全部の返還を免除することは考えられるか。

 

(答)

(1)法第63条は本来,資力はあるが,これが直ちに最低生活のために活用できない事情にある場合にとりあえず保護を行い,資力が換金されるなど最低生活に充当できるようになった段階で既に支給した保護金品との調整を図ろうとするものである。

 したがって,原則として当該資力を限度として支給した保護金品の全額を返還額とすべきである。

 

(2)しかしながら,保護金品の全額を返還額とすることが当該世帯の自立を著しく阻害すると認められるような場合については,次の範囲においてそれぞれの額を本来の要返還額から控除して返還額を決定する取扱いとして差し支えない。

 なお,次第8の3の(5)に該当する必要経費については,当該収入から必要な最小限度の額を控除できるものである。

 ア 盗難等の不可抗力による消失した額。(事実が証明されるものに限る。)

 イ 家屋補修,生業等の一時的な経費であって,保護(変更)の申請があれば保護費の支給を行うと実施機関が判断する範囲のものにあてられた額。(保護基準額以内の額に限る。)

 ウ 当該収入が,次第8の3の(3)に該当するものにあっては,課第8の40の認定基準に基づき実施機関が認めた額。(事前に実施機関に相談があったものに限る。 ただし,事後に相談があったことについて真にやむを得ない事情が認められるものについては,挙証資料によって確認できるものに限り同様に取り扱って差し支えない。)

 エ 当該世帯の自立更生のためのやむを得ない用途にあてられたものであって,地域住民との均衡を考慮し,社会通念上容認される程度として実施機関が認めた額。

 なお,次のようなものは自立更生の範囲には含まれないものである。

  ① いわゆる浪費した額

  ② 贈与等により当該世帯以外のためにあてられた額

  ③ 保有が容認されない物品等の購入のためにあてられた額

 オ 当該収入があったことを契機に世帯が保護から脱却する場合にあっては,今後の生活設計等から判断して当該世帯の自立更生のために真に必要と実施機関が認めた額。

 

(3)返還額の決定は,担当職員の判断で安易に行うことなく,法第80条による返還免除の決定の場合と同様に,そのような決定を適当とする事情を具体的かつ明確にした上で実施機関の意思決定として行うこと

なお,上記のオに該当するものについては,当該世帯に対してその趣旨を十分説明するとともに,短期間で再度保護を要することとならないよう必要な生活指導を徹底すること。

 

 

 

〇厚生労働省 保護課長通知

 

 

社援保発0723第1号

平成24年7月23日

 

  都道府県

各 指定都市 民生主管部(局)長  殿

  中 核 市

 

                    厚生労働省社会・援護局保護課長

 

 

      生活保護費の費用返還及び費用徴収決定の取扱いについて

 

1~5   (略)

 

6 法第78条の2による費用徴収について(保護金品等との調整)

(1)被保護者からの申出について

 (ア)法第77条の2に基づく徴収金の場合

 被保護者による,保護金品等を法第77条の2第1項に基づく徴収金の納入に充てる旨の申出については,同項の規定に基づく徴収金の決定がされた際などに,別添3(法第77条の2に基づく徴収金の場合)の様式を参考に当該申出の趣旨及び取扱いについて説明し,必要事項を記載させた書面の提出を求めること。

 また,申出書の提出は任意の意思に基づくものであり,提出を強制するものではないことに十分留意し,申出後に被保護者から当該申出の取消について意思表示がされた場合は,その旨を記載した書面等の提出を求めた上で,申出の取消しを認めること。

 なお,保護金品等と調整する徴収金額については,徴収金を決定した時点で,保護金品と調整する額の上限額などについて保護の実施機関から説明し,上述の別添3の様式に記載させるなど当該徴収金額の書面への記載を求めること。

 

 (イ)法第78条第1項に基づく徴収金の場合

 被保護者による,保護金品等を法第78条第1項に基づく徴収金の納入に充てる旨の申出については,保護の開始決定を行う者については保護開始決定時などの時点で,別添4(法第78条に基づく徴収金の場合)の様式(申出書)を参考に,あらかじめ当該申出の趣旨及び取扱いについて説明し,必要事項を記載させた書面の提出を求めることとし,現に保護を受けている者に対しては適宜,提出を求めること。

 この場合,被保護者にとっては徴収金の発生や徴収金が発生した場合の金額が不明な段階で申出を行うか否か判断しがたい面もある上,申出書の提出は任意の意思に基づくものであり,提出を強制するものではないことに十分留意する必要があるが,そもそも全額公費により財源が賄われている制度にあって不正受給は許されるものではないこと,徴収金が発生した場合には当該徴収金を納付する必要があることや保護金品と調整する額の上限額などについて保護の実施機関から説明し,当該申出が行われるよう努めること。

 なお,申出後に被保護者から当該申出の取消について意思表示がされた場合は,その旨を記載した書面等の提出を求めた上で,申出の取消しを認めること。

 また,申出書を提出する段階では,当然に徴収金が発生しておらず,発生した場合にはじめて,当該被保護者及び保護の実施機関双方にとって,月々の保護費支給額,徴収金等を考慮した上で保護金品等から具体的に調整する徴収金額の検討が可能となると考えられる。このことから,保護金品等と調整する徴収金額については,徴収金を決定した時点で,前述の別添4の様式に追記させるなど当該徴収金額の書面への記載を求めること。

 

(2)「生活の維持に支障がない」場合について

 被保護者に対して支給された保護金品については,一般的に世帯主等に当該世帯の家計の合理的な運営がゆだねられていることから,支出の節約の努力等によって徴収金に充てる金員について生活を維持しながら被保護者が捻出することは可能であると考えられる。

 具体的に保護金品と調整する金額については,単身世帯であれば 5,000円程度,複数世帯であれば 10,000 円程度を上限の目安とし,生活保護法による保護の基準(昭和38年厚生省告示第158号)別表第1第1章及び第2章に定める加算(障害者加算における他人介護料及び介護保険料加算は除く。)の計上されている世帯の加算額相当分,就労収入のある世帯の就労収入に係る控除額(必要経費を除く。)相当分を,上限額の目安に加えて差し支えないものとする。(複数の徴収金について保護金品と調整する場合は,徴収金の総額に対して,上記の目安を適用すること。)

 生活の維持に支障がないとする徴収金額については,上記によるほか,領収書・レシートなど家計状況や生活状況について可能な限り把握するとともに,被保護者の同意を得た上で,当該被保護世帯の自立の助長についても十分配慮し保護の実施機関にて個別に判断すること。

 なお,被保護者に収入がある場合であって最低生活費に収入を充当した結果,住宅扶助,教育扶助の全額又は一部相当額のみが保護費として支給される場合でも,当該保護費支給額が徴収金額を超えるのであれば,保護金品と徴収金を調整することができるものである。

 また,納付書等により返還を求める場合には,前述の上限額にかかわらず 従前の例により徴収金額を決定して差し支えない。