私は,生活保護業務から離れて数年が経過しますが,ケースワーカーをしていた頃は,なぜ厚生労働省は,生活保護業務のデータベースを作らないのだろう と思っていました。

 生活保護業務の運用のための資料には,厚生労働省が作成した「生活保護手帳」と「生活保護手帳・別冊問答集」がありますが,生活保護手帳や別冊問答集だけでは,複雑で多様な事例に対応できないため,各自治体では,「東京都生活保護運用事例集」のような 生活保護運用事例集・問答集等を作成しています。

 

 この各自治体の生活保護運用事例集・問答集等は,生活保護手帳や別冊問答集に掲載されてない 具体的な事例への対応策について,各福祉事務所から 各自治体の本庁保護課へ問い合わせがあり,本庁保護課職員が いろいろな資料を調べて,各福祉事務所に回答したものをまとめたもので,基本的には内部資料であり,外部に公表されたものではありません。

 ただし,各自治体の情報公開条例により情報公開請求を受けた場合は,請求者に対して,この生活保護運用事例集・問答集等は公開する必要があります。

 

 令和5年6月に出版された「精選 生活保護運用実例集」(著者・編集:大山 典宏, 出版社‏ : 第一法規株式会社, 価格:3,740円)は,各自治体の情報公開条例に基づき情報公開請求した 各自治体の生活保護運用事例集・問答集等を整理し まとめたものです(少々価格が高いので,メルカリ等で購入するか,図書館から借りて読んでみてください。)

 

 なお,インターネットで入手できるものは,「東京都生活保護運用事例集」だけであり,他の自治体の生活保護運用事例集・問答集等は,インターネットでは入手できません(「東京都生活保護運用事例集」も,東京都が積極的に公表しているものではありません)。 そのため,当然,各自治体によって,生活保護業務の運用に異なるものもありますし,時々,誤りや 各自治体の独自運用のものも見られます。

 

 また,各自治体の本庁保護課職員が,いろいろ調べても対応策が分からないときは,厚生労働省に問い合わせ,厚生労働省の回答・助言を得ることもあります。

 しかし,不思議なことに,厚生労働省は,問い合わせがあった自治体以外の自治体には,この回答・助言を通知することはないため,「厚生労働省に問い合わせ,厚生労働省の回答・助言を得た自治体」と,「厚生労働省に問い合わせてないため,厚生労働省の回答・助言を得てない自治体」との間には,当然,生活保護業務の運用に差異が生じます。

 各自治体に通知するのに,それほどの手間や時間はかからないと思うのですが,厚生労働省が,この回答・助言を 各自治体に通知しない理由は分かりません。 本当に不思議です。

 

 さらに,生活保護制度は,他法他施策優先のため,生活保護制度だけでなく,他の社会保障制度等についても,ある程度 知っておく必要があります。 しかし,人間の能力,一般の公務員の能力には限界がありますから,当然,一人のケースワーカーが,生活保護制度だけでなく,他の社会保障制度についても,熟知することには無理があります。 そのため,生活保護業務の運用に関しては,しばしば誤りが生じます。

 

 生活保護業務の事務処理や 運用に誤りが生じないように,他のケースワーカーや 係長(査察指導員)がチェックするのですが,他のケースワーカーや 係長(査察指導員)にも,経験や知識,能力等に差がありますので,当然,見落としや チェック漏れが生じます。

 どれほど注意をしていても,ヒューマン・エラーは,一定の割合で生じますので,業務のIT化を進め,システム的に誤りが生じないようにすべきですが,残念ながら,役所の業務が 最もIT化が遅れていると思います。

 

 なお,ケースワーカーや 福祉事務所のミスによる生活保護費の支給漏れについては,令和2年3月までは,「生活保護手帳・別冊問答集」問13-2の規定により,発見月の前々月分までしかさかのぼって 生活保護費が追加支給されていませんでしたが, 令和2年4月に「生活保護手帳・別冊問答集」問13-2の規定が改正され,ただし書き部分(アンダーライン部分)が追加されましたので,令和2年4月1日からは,ようやく「最低生活費の認定変更が適切に行われなかったことについて,受給者に何ら過失がないなどの受給者に帰責する事由がなく,かつ,保護の実施機関において認定を誤ったことが明らかな場合については,発見月から前5年間を限度として追加支給が行われることになりました。

 この場合,5年間を限度とした理由は,5年を超える分については,5年の時効により権利が消滅しているとされているためです。

 

 しかし,ケースワーカーや 福祉事務所のミスにより,生活保護費が多く支給されたときは,残念ながら未だに,5年を限度として さかのぼって,多く支給された生活保護費の返還を求められる状況です

 

 このようなケースワーカーや 福祉事務所のミスを防ぐため,厚生労働省が,「生活保護手帳や別冊問答集,厚生労働省通知,各自治体の生活保護運用事例集・問答集,生活保護に係る判例,都道府県知事裁決,他の社会保障制度等の資料」(その資料のほとんどは,データ化されています,)についてデータベース化(データベース化の作業については,民間業者に委託すればよいと思います。),全国のケースワーカーが それを閲覧できるようにすれば,そして,自治体間で情報のやり取りや,情報の共有化を図れば,生活保護制度の運用上の誤りは少なくなると思うのですが,厚生労働省は,それを実施しようとはしません。

 

 特に問題であると思うことは,生活保護手帳や別冊問答集をPDFファイルにして,各自治体に送れば,ケースワーカーも用語で検索できるので,業務上 楽になり,ミスも減ると思うのですが,厚生労働省が,これを実施しない理由が分かりません。

 生活保護手帳は1冊2,860円,別冊問答集は1冊2,530円もしますので,PDFファイルにすると,売上げが減少し,それを出版している中央法規出版や,作成している厚生労働省の収入が減るので,わざとPDFファイルにしないのではないか と思います。

 

 また,PDFファイルにした 生活保護手帳や 別冊問答集をインターネット上に公開すれば,生活保護受給者の方などが,それを見て,ケースワーカーの説明に疑問を持ち,ケースワーカーに質問しますので,ケースワーカーにも緊張感が生まれ,今まで以上に勉強する必要が生じ,業務上のミスも減ると思います。

 

 なお,毎年3月上旬に開催されている「生活保護関係全国係長会議」の会議資料として,「令和○年4月1日施行生活保護実施要領等(未定稿)」が,厚生労働省のホームページに掲示されており,この資料の中に,生活保護手帳の一部(翌年度の生活保護実施要領)や 別冊問答集の改訂分が掲載されています。

 

 ケースワーカーは,1人当たりの担当世帯数が 標準数の80世帯(都市部)を大幅に上回り,100~120世帯を担当している人が多いので,日常業務に追われ,時間的な余裕がないため,生活保護に係る判例や都道府県裁決を勉強している人や,知っている人が少ない状況です。

 他の自治体が敗訴した 生活保護に係る判例や 都道府県裁決を知っていれば,それを参考にして,従来の運用を変更することもできるのですが,それを知らないため,全国の福祉事務所で,相変わらず 毎年,同じような事務処理や 運用の誤りが繰り返されています。

 

 私は,ケースワーカー歴10年であり,生活保護に係る判例や都道府県裁決を勉強している方ですが,ケースワーカーは,通常では 3年~4年で異動しますので,生活保護に詳しい人は 本当に少ない状況です。 信じられないことに,生活保護手帳や 別冊問答集を机の中に入れて,ほとんど読んでないケースワーカーも多くいます。 そのようなケースワーカーは,分からないことがあると,自分で調べずに,先輩ケースワーカーや 他のケースワーカーに聞きます。 その方が手っ取り早く 楽だからです。 しかし,先輩ケースワーカーや 他のケースワーカーの説明内容にも,「今までそうしてきたから」,「先輩ケースワーカーから,そう教えられてきたから」というだけで,明確な根拠がないものも含まれています。

 

 そこで,ベテランのケースワーカーがいなくても,また,ケースワーカーが3年〜4年で異動しても,何時でも対応できるように,生活保護に係るデータベースを構築し,システムや仕組みを整備しておく必要がありますが,役所の業務は IT化が遅れ,相変わらず旧態依然としたやり方を続けているため,時代の変化に全く対応できていません。

 

 そのため,ケースワーカーの説明には,しばしば思い違いや 誤りがありますので,ケースワーカーの説明を鵜呑みにしないでください。 ケースワーカーの説明を あまり信用しないでください。 残念ながら,ケースワーカーの説明には,ある程度の誤りが含まれていると思ってください。

 ケースワーカーの説明に疑問があれば,それを録音し,生活困窮者支援団体や,法テラスを通じて 生活保護制度に詳しい弁護士・司法書士に相談しましょう。

 

 また,役所は,事務処理のミスを隠したがるのですが,熊本市は,驚くべきことにホームページで,毎月 担当員の事務処理のミスを公表しています。 それを見ると,生活保護業務に関して,毎月平均3件~4件のミスが発生していることが分かります。 他の自治体でも,同じくらいの事務処理のミスが生じているでしょう。

 

 私は,ケースワーカーを実際に10年間 経験し,福祉事務所には 勉強不足・知識不足のケースワーカーが,一定数いることを知っていますので,このブログを通じて,ケースワーカーの説明や運用の誤りを是正し,生活保護受給者の方が,いい加減なケースワーカーから,できるだけ被害を受けないようにしていきたいと思っています(のブログの12月22日の記事「生活保護と水際作戦(№1:家具什器費)」や,10月8日の記事「生活保護と家具什器費(№1)」のコメント欄も ご覧ください。)。

 そのため,このブログのコメント欄で 質問していただければ,できるだけ早くお答えします。

 

 

 

(参考)

〇生活保護手帳・別冊問答集

問13-2 扶助費の遡及支給の限度及び戻入,返還の例

(問)

 次に示す場合について,扶助費の戻入,返還等の取扱いを教示されたい。

(a)世帯員の転入等の事実が明らかとなったため,既に扶助費を支給した月の最低生活費の額を増額して認定する必要が生じたとき。

(b)~(e)  (略)

 

(答)

1 扶助費追加支給の限度

 (a)の場合,どの範囲まで最低生活費の認定を事後変更していわゆる追給の措置をとるべきかが問題となる。 本来,転入その他最低生活費の認定変更を必要とするような事項については,収入申告と同様,受給者に届出の義務が課せられているところでもあるし,また,一旦決定された行政処分をいつまでも不確定にしておくことは妥当でないので,最低生活費の遡及変更は3か月程度(発見月からその前々月分まで)と考えるべきであろう。

 これは,行政処分について不服申立期間が一般に3か月とされているところからも支持される考えであるが,3か月を超えて遡及する期間の最低生活費を追加支給することは,生活保護の扶助費を生活困窮に直接的に対処する給付として考える限り妥当でないということも理由のひとつである。

 ただし,最低生活費の認定変更が適切に行われなかったことについて,受給者に何ら過失がないなどの受給者に帰責する事由がなく,かつ,保護の実施機関において認定を誤ったことが明らかな場合は,発見月から前5年間を限度として追加支給して差しつかえないその場合,真にやむを得ない事情から追加支給を行うことを踏まえ,追加支給された扶助費が被保護世帯の自立更生のためにあてるよう助言指導すること。

 なお,被保護世帯の自立更生のためにあてられる費用であれば,直ちに自立更生のための用途に供されるものに限るものではないので留意されたい一方で,使用目的が保有の認められない物品の購入や贈与等により当該世帯以外のためにあてるなど,自立更生のためにあてられない場合については,収入認定することとなるが,収入認定を行うにあたっては,機械的に収入認定を行って保護を停廃止するのではなく,状況に応じて収入認定額の一部を翌月以降に分割して認定して差しつかえない

 (上記の青字のアンダーライン部分は,令和4年度に追加)

 (以下,略)