【問】生活保護の申請時に,水際作戦が行われた場合の対応策を教えてください。

 

 病気で働けず 生活に困っていますので,近いうちに生活保護の申請をするために,福祉事務所に行こうと考えています。

 しかし, 福祉事務所では,いろいろな理由を付けて,「生活保護の開始申請書」を渡してくれない等の「水際作戦」が行われているという話をよく聞きます。

 そこで,水際作戦が行われた場合の対応策を教えてください。

 

 

【答】

 「生活保護の水際作戦」とは,一般的に「地方自治体が生活保護のための財政負担を軽減する等の目的で,生活保護の申請をさせないように指導・助言を行うこと」を言います。 

 生活保護の水際作戦で有名な事件は,北九州市の「おにぎり食べたい」というメモを残して餓死された男性の事件です。 この事件は,生活保護受給者の方が就職したと,市職員に虚偽報告を強いられ,生活保護を廃止された結果,「おにぎり食べたい」とメモに書き残して餓死されたものです。

 

 また,北九州市門司区で,2か月間で3名の餓死者が出た「門司餓死事件」があります。 この1件目は市営団地で78歳の母と49歳の長女がともに餓死した事件で,2件目は市営団地で二男から これ以上の支援を拒否された56歳の男性が餓死したもので,後者のケースでは,男性は生活保護の受給申請に2度 福祉事務所に行きましたが,北九州市は 二男へ頼るよう求めていた ということです。

 

 水際作戦の内容については,シカマルさんYouTubeに詳しい動画を上げていますので,詳しくはそれを見ていただいた方が 分かりやすいと思います。 そこで,私は,自分の体験をもとに,水際作戦の対応策を書きたいと思います。

 

 生活保護の申請をするために福祉事務所に行っても,ケースワーカーが保護開始申請書の様式を渡さなかったり,申請書を受け取らなかったりしたときは,申請書は,「非要式行為」といって,必ずしもその福祉事務所が定めた様式である必要はなく,普通の紙に,住所,氏名,生年月日,(電話番号),生活保護の開始を申請することを記載し,役所に提出すればよいこととされています。

 それでも,福祉事務所が申請書を受理しないときは,書留郵便内容証明郵便で 福祉事務所へ 自分で普通の紙に書いた「保護開始申請書」を郵送し,後日,電話で福祉事務所に申請書が届いたことを確認すればよいだけです(このグログの6月4日の記事「生活保護の申請」をご覧ください。)

 

 北九州市や札幌市などでの餓死事件以降,「生活保護開始申請書の様式を渡さない」とか,「生活保護開始申請書を受理しない」とかいった,あからさまな行為は 少なくなりましたが,厚生労働省が 扶養照会を行う必要がない事例を,全国の自治体に通知したにもかかわらず,国の通知により扶養照会を行う必要のないとされている 親族への扶養照会が,相変わらず行われています。

 多くの生活保護の相談者・申請者の方は,親族からの扶養・援助を受けることが難しいから,生活保護の相談・申請に来られているわけですから,福祉事務所から扶養照会を行っても,扶養・援助できるという回答は,ほとんどありません。 親族からの扶養・援助を受けることができるならば,誰もわざわざ 生活保護の相談・申請には来ないでしょう。

 

 福祉事務所からの親族への連絡を嫌がる 生活保護の相談者や申請者に対して,「扶養義務者の扶養は,生活保護に優先するので,生活保護の申請があれば,親族に扶養照会を行う必要がある。」と言って,保護の申請を諦めさせるような行為は,今でも少なからずあります。

 しかし,これについては,このブログの6月17日の記事「生活保護と扶養照会」で書いたとおり,「扶養義務者による扶養が,生活保護に優先する」という意味は,実際に被保護者に仕送りが行われている場合に,その仕送り分を収入認定する。」ということであり,扶養」は生活保護の要件ではありません

 また,私の経験では,扶養照会を行っても,実際に金銭的援助ができると回答があった事例は,ほとんどありませんでしたので(全国でも極めて少ないものです。),現実的には 扶養照会が,生活保護の申請を諦めさせる手段の一つになっていると思います

 

 私自身は,「扶養」が生活保護の要件であれば,扶養照会を行うことについて 本人の同意が得られない場合でも,扶養照会を行う必要があるかもしれませんが,扶養」は生活保護の要件ではないので,本人の同意が得られない場合に,本人の反対を押し切ってまで,扶養照会を行う必要はないと考えています。

 しかし,生活保護の相談者・申請者の方が,親族に扶養照会を行うことに反対しているにもかかわらず,その反対を押し切って,扶養照会を行う福祉事務所もあります。

 

 相変わらず 水際作戦がなくならない理由は,いくつがありますが,その一つ目の理由は,地方自治体の財政問題があります。 生活保護事務は,「第1号法定受託事務」であり,国が本来行うべき事務を 都道府県又は市町村が実施する事務と位置付けられていますが,生活保護事務に係る国の補助率は4分の3で,残りの4分の1は,地方自治体が負担しなければならず,その結果,地方財政を圧迫するため,地方自治体としては,できるだけ保護受給世帯数を減らそうとします。 これが,水際作戦を引き起こす原因の一つとなっています。

 

 二つ目の理由は,生活保護受給世帯数が増加すると,ケースワーカー1人当たりの担当世帯数が増加し,業務量が増えるからです。 ケースワーカー1人当たりの担当世帯数は,社会福祉法に定められており,都市部では 80世帯となっていますが,これは標準数(目安)という位置づけのため,多くの福祉事務所では,80世帯をはるかにオーバーし,110~120世帯を担当しており,140~150世帯を担当しているケースワーカーもいます(昔は 80世帯は 法定数という法的位置づけでしたので,ケースワーカー1人当たりの担当世帯数が,多くても85~90世帯程度でした。)。

 

 ケースワーカー1人当たりの標準担当世帯数は 80世帯となっていますので,保護受給世帯数が増えれば,それに応じて,ケースワーカー数を増やすことができればよいのですが,地方自治体の職員定数を増やすことは難しいため,保護受給世帯数が増えても,ケースワーカーは増員されず,結局,ケースワーカー1人当たりの担当世帯数が増加していくことになります(残業しても,残業代の予算には上限がありますので,サービス残業をせざるを得ないのです。)。

 このため,ケースワーカーが,業務量が増えることを嫌がり,できるだけ新規の保護受給世帯数を抑えようとし,その結果,いろいろな理由を付けて,時にはウソをついて,保護申請を諦めさせようとします。 これが,水際作戦を引き起こす原因の一つとなっています。

 

 三つ目の理由は,新規の保護申請を諦めさせたり,保護の廃止件数を増やしたりすると,そのケースワーカーの評価が上がる傾向があるためです。 生活保護の申請の意思がある人には,保護開始申請書を渡し 申請書を受理しなければならないのですが,おかしな話,保護の申請を諦めさせた人が評価されるという実態があります。

 

 これらの理由により,未だに水際作戦が無くならない状況にあります。

 特に酷いと思うことは,生活保護の申請を来た人に,JRの切符等を渡し,隣りの大きな都市で 生活保護の申請をさせる自治体もあります。 これについては,私も何回か経験し,その自治体に抗議したことがありますが,特に大阪市の周辺の自治体で,大阪市までのJRの切符を渡し,大阪市で生活保護の申請をさせる自治体があるという話はよく聞きます。

 

 ホームレスや住所不定者の方については,大きな都市になると,市が NPO法人等に委託して宿泊施設を用意していたり,無料低額宿泊施設などが多くあるため,「多くの宿泊施設が備わっている 大きな都市で,生活保護の申請をしてはどうですか。 大きな都市では,うちの市・町よりも手厚い支援があると聞いています。」などと言って,保護申請者の方を 大きな都市に追いやる自治体もあります。

 しかし,大きな都市が,そのような宿泊施設を備えていたとしても,いつでも部屋が空いているものではないので,わざわざ遠くの市・町から生活保護の申請に来られても,宿泊施設に空室ができるまでの間は,公園やネットカフェ等で待機しなければならない人も出てきます。

 

 水際作戦が無くならない理由は,その福祉事務所の長年のやり方・伝統といったものにも原因があります。 新人のケースワーカーは,先輩ケースワーカーからの助言・指導を受けて業務を行いますので,先輩ケースワーカーの助言・指導が,正しいものとして受け取り,その助言・指導に沿った方法で。生活保護の相談者・申請者・受給者に接します。 しかし,往々にして,先輩ケースワーカーからの助言・指導の中には,誤ったものが多く含まれています。

 

 自分で生活保護手帳や 別冊問答集を読んで,根拠を明確にして,ケースワーク業務を行うケースワーカーは少なく(中には,生活保護手帳や 別冊問答集をほとんど読んでないケースワーカーもいます。),自分では何も考えずに(その方が楽なため),先輩ケースワーカーの言うとおりに 事務処理を行いがちです。 これは,自分で調べて正しいと思ったことを行っても,先輩ケースワーカーや 査察指導員(係長)から,「うちの福祉事務所では,そういったやり方はしてない。 一人だけが,そういったやり方をすると,生活保護受給者から,『あのケースワーカーは,ああいったやり方をしているが,なぜ私の担当のケースワーカーは,そうしないんだ。』という意見が出て,他のケースワーカーに迷惑をかけることになる。」などと言われ,横並びを強く求められることにも原因があります。

 先輩ケースワーカーや 査察指導員(係長)から,そのように言われると,経験の浅いケースワーカーは,それに反論することは難しいのです。

 このようにして,誤ったやり方は,いつまで経っても,無くなりません。

 

 したがって,このような水際作戦に対抗するためには,このブログの10月8日の記事「生活保護と家具什器費(№1)」のコメント欄12月22日の記事「生活保護と水際作戦(№1:家具什器費)」に書いたように,まずケースワーカーとのやり取りを録音することです(相手の許可を得ずに 録音しても 違法ではありません。: 平成12年7月12日の最高裁判決)。

 録音して証拠を残しておかないと,ケースワーカーは,後で自分の都合が悪くなると,必ずと言っていいほど,「そんなことは言ってない。 そういう趣旨で言ったものではない。 あなたは,私の言ったことを勘違いして受け取っている。」などと言い訳をして,責任から逃げようとします

 

 しかし,ケースワーカーとのやり取りを録音していると,ケースワーカーは,言い逃れができなくなります。

 そして,ケースワーカーの説明内容が正しいか 間違っているかについて,このブログのコメント欄で 私に質問するか,又は 生活保護制度に詳しい生活困窮者支援団体や 法テラスを通じて弁護士・司法書士などに相談してください。 間違っても一人でケースワーカーと戦おうとしないでください。 ケースワーカーは,あなたが生活保護の専門家でないということで,生活保護法を自分の都合のよいように解釈し,デタラメを言ったり,あからさまなウソを言ったりします。 そして,ケースワーカーは,あなたにデタラメや ウソを言っても,どうせ分かりゃあしないと思うからです。

 

 そこで,ケースワーカーとのやり取りを録音し,生活保護に詳しい生活困窮者支援団体や,弁護士・司法書士に その内容を聞いてもらい,福祉事務所への同行をお願いしてください。

 そうすれば,ケースワーカーも,デタラメや ウソを言うことができなくなります。

このような いい加減なケースワーカーばかりではないのですが,〇大阪市〇福祉事務所のように,時々,酷いケースワーカーもいます。

 何か困ったことや 分からないことがありましたら,コメント欄に 私への質問を書いてください。 できるだけ早く回答させていただきます。

 

 

 

(参考)

〇生活保護手帳

問(第9の1)

 生活保護の面接相談においては,保護の申請意思はいかなる場合にも確認しなくてはならないのか。

 

 相談者の保護の申請意思は,例えば,多額の預貯金を保有していることが確認されるなど生活保護に該当しないことが明らかな場合や,相談者が要保護者の知人であるなど保護の申請権を有していない場合等を除き確認すべきものである。

なお,保護に該当しないことが明らかな場合であっても,申請権を有する者から申請の意思が表明された場合には申請書を交付すること

 

 

 

問(第9の2)

 相談段階で扶養義務者の状況や援助の可能性について聴取することは申請権の侵害に当たるか。

 

 扶養義務者の状況や援助の可能性について聴取すること自体は申請権の侵害に当たるものではないが,「扶養義務者と相談してからではないと申請を受け付けない」などの対応は申請権の侵害に当たるおそれがある。

 また,相談者に対して扶養が保護の要件であるかのごとく説明を行い,その結果,保護の申請を諦めさせるようなことがあれば,これも申請権の侵害にあたるおそれがあので留意されたい。

 

 

 

〇生活保護手帳・別冊問答集

 ‥‥‥‥ 本人の申請権を侵害してはならないことはいうまでもなく,申請権が侵害されていると疑われるような行為も厳に慎むべきことに十分留意する必要がある

 ‥‥‥‥ いかなる場合においても,本人から保護申請の意思が表明された場合には,速やかに申請書を交付するなどの対応が必要である

 

 

問9-1 口頭による保護の申請

(問)

 生活保護の申請を口頭で行うことは認められるか。

 

(答)

 生活保護の開始申請は,必ず定められた方法により行わなくてはならないというような要式行為ではなく,非要式行為であるとされている。 法第24 条第1項においては「保護の開始を申請する者は,‥‥(中略)‥‥ 申請書を保護の実施機関に提出して行わなければならない。 ただし,当該申請書を作成することができない特別の事情があるときは,この限りでない。」と規定しており,当該規定も書面による申請を保護の要件としているものではないと考えられる。 したがって,申請は必ずしも書面により行わなければならないとするものではなく,口頭による開始申請も認められる余地があるものといえる。

 一方で,法第24 条第3項は「保護の実施横関は,保護の開始の申請があったときは,保護の安否,種類,程度及び方法を決定し,申請者に対して書面をもって,これを通知しなければならない」としているなど,保護の申請は実施機関側に一定の義務を課すものとなっている。

 確かに前記のとおり,申請書の提出自体は保護の要件ではなく,一般論としては口頭による保護申請を認める余地があるものと考えられるが,保護の決定事務処理関係や,保護申請の意思や申請の時期を明らかにする必要があることからも,単に申請者が申請する意思を有していたというのみでは足らず,申請者によって,申請の意思を明確に表示することにより,保護申請が行われたかどうを客観的に見ても明らかにしておく必要がある。

 したがって,口頭による保護申請については,申請を口頭で行うことを特に明示して行うなど,申請意思が客観的に明確でなければ,申請行為と認めることは困難である。 実施機関としては,そのような申し出があった場合には,あらためて書面で提出することを求めたり,申請者の状況から書面での提出が困難な場合等には,実施機関側で必要事項を聴き取り,書面に記載したうえで,その内容を本人に説明し署名捺印を求めるなど,申請行為があったことを明らかにするための対応を行う必要がある。

 なお,申請にあたって提出された書類に必要事項さえ記載されていれば,たとえそれが定められた申請書によって行われたものでなくても,有効となるので留意が必要である