【問】私は 5年前に現住居に自費転居し,今回,再び自費転居することにしましたが,担当ケースワーカーから,現住居の敷金の返還金については,8,000円を控除した金額を収入認定すると言われました。 これって,おかしくないですか。
私は 5年前に現住居に転居しましたが,敷金等の支給要件を満たしていなかったため,生活保護費をやり繰りして貯めた預金で自費転居をしました。 しかし,今回,現住居の隣りの部屋の住民とのトラブルで,再び自費転居をすることにしました。
ところが,担当ケースワーカーから,現住居の敷金の返還金については,8,000円を控除した金額を収入認定すると言われました。
しかし, 現住居の敷金は,保護費をやり繰りして貯めたものであり,福祉事務所から支給されたものではないので,敷金の返還金を収入認定されることは納得できません。
どうしたらよいのか困っています。 何かアドバイスがありましたらお願いします。
【答】
結論から言いますと,私は,あなたが保護費をやり繰りして支払った敷金の返還金を,福祉事務所が収入認定することは間違っていると思います。
自費転居などにより,保護費をやり繰りして貯めた預金で敷金を支払った生活保護受給者が,事情があって別の住居に転居する場合に,この自己負担した敷金の返還金については,保護費のやり繰りによって支出した金銭(敷金)の全部又は一部が戻ってきたものですので,その使途が保護の趣旨目的に反しない場合は,私は,厚生労働省 保護課長通知 問(第3の18)[保護費のやり繰りによって生じた預貯金等](次の参考資料を参照)の規定により,収入認定から除外してよいと考えます。
その理由は,次の参考資料の厚生労働省 保護課長知 問(第3の20)[保護受給中における学資保険の満期保険金又は解約返戻金の取り扱い〕において,
「満期保険金等を受領した場合,開始時の解約返戻金相当額については,法第63条を適用し返還を求めることとなるが,‥‥ 開始時の解約返戻金相当額以外については,「保護費のやり繰りによって生じた預貯金等の取扱い」と同様に,使用目的が生活保護の趣旨目的に反しない場合については,収入認定の除外対象として取り扱い,‥‥」とされており,また,
「別冊問答集」の問3-25[保護受給中に受領した生命保険の解約返戻金,保険金等の取扱い]において,
「保護開始時の解約返戻金相当額については,法第63条により返還させることとなる。 また,開始時の解約返戻金相当額以外の額については,課長通知 第3の20に従い,その使用目的が生活保護の趣旨目的に反しない限り,収入認定の除外対象として取扱う。」とされているからです。
つまり,「敷金」は,預金や学資保険等と同様に,「預り金」の性質を有しており,自分の金銭(敷金)を不動産会社に賃貸借期間中,一時的に預けているにすぎないので,借主の過失や故意による修理費や家賃滞納分を除いて,原則として借主に全額返還されるべきものです。
敷金の返還金ではありませんが,「東京都生活保護運用事例集」において,「住宅扶助で火災保険料の支給を受けず,生活扶助のやり繰りで保険料を支払っていた場合は,掛け捨て型の火災保険の戻り分(割戻金等)は,支払った火災保険料の還付の性格を有していることから,課長問答第3の20と同様,その使用目的が生活保護の趣旨目的に反しない限り,収入認定の除外対象として取り扱う。」としています。
したがって,保護費をやり繰りして敷金を捻出した場合(自費転居の場合)は,これと同様に考えて差し支えないと思われます。
また,レンタサイクルを利用する際に 保証金を支払うことがありますが,保証金が戻ってきたときに,この保証金を収入認定するでしょうか。
敷金の場合は,家賃の滞納がないときや,通常損耗の範囲内の補修費のときは,敷金は全額返還されますし,レンタサイクルの場合は,損傷なく レンタル期間・時間内に返却されたときは,保証金は全額返還されますので,私は,敷金とレンタサイクルの保証金は,同じ性質を有すると思います。
さらに,自費転居で,保護費をやり繰りして捻出した敷金の返還金について,福岡県内のA市が,生活保護法第63条による返還処分を行ったことに対して,審査請求が行われ。「福岡県行政不服審査会の答申」において,次のとおり,自費転居において保護費をやり繰りして捻出した敷金の返還金については,新住居の敷金に充てる予定であり,その使用目的が,生活保護の趣旨・目的に反しないので,活用すべき資産には当たらず,収入認定の対象でないとして,A市の返還処分を取り消す答申を出しています(令和3年4月)。
したがって,福祉事務所が,あなたが保護費をやり繰りして捻出した敷金の返還金を,収入認定 又は 法第63条による返還処分の対象とするときは,都道府県知事に審査請求を行うことを検討しましょう。
(参考)
〇厚生労働省 保護課長通知
[保護費のやり繰りによって生じた預貯金等]
問(第3の18)
生活保護の受給中,既に支給された保護費のやり繰りによって生じた預貯金等がある場合はどのように取り扱ったらよいか。
答
被保護者に 預貯金等がある場合については,まず,当該預貯金等が保護開始時に保有していたものではないこと,不正な手段(収入の未申告等)により蓄えられたものではないことを確認すること。 当該預貯金等が既に支給された保護費のやり繰りによって生じたものと判断されるときは,当該預貯金等の使用目的を聴取し,その使用目的が生活保護の趣旨目的に反しないと認められる場合については,活用すべき資産には当たらないものとして,保有を容認して差しつかえない。 なお,この場合,当該預貯金等があてられる経費については,保護費の支給又は就労に伴う必要経費控除の必要がないものであること。
また,被保護者の生活状況等について確認し,必要に応じて生活の維持向上の観点から当該預貯金等の計画的な支出について助言指導を行うこと。
さらに,保有の認められない物品の購入など使用目的が生活保護の趣旨目的に反すると認められる場合には,最低生活の維持のために活用すべき資産とみなさざるを得ない旨を被保護者に説明したうえで,状況に応じて収入認定や要否判定の上で保護の停止又は廃止を行うこと。
〔保護受給中における学資保険の満期保険金又は解約返戻金の取り扱い〕
問(第3の20)
保護受給中に学資保険の満期保険金(一時金等を含む)又は解約返戻金を 受領した場合について高等学校等就学費との関係もふまえて取扱いを示されたい。
答
満期保険金等を受領した場合,開始時の解約返戻金相当額については,法第63条を適用し返還を求めることとなるが,本通知第8の問40の(2)のオに定める就学等の費用にあてられる額の範囲内で,返還を要しないものとして差しつかえないこと。
なお,この場合,高等学校等就学費の支給対象とならない経費及び高等学校等就学費の基準額又は学習支援費でまかないきれない経費であって,その者の就学のために必要な最小限度の額にあてられる場合については,高等学校等就学費は基準額どおり計上しても差しつかえない。
開始時の解約返戻金相当額以外については,「保護費のやり繰りによって生じた預貯金等の取扱い」と同様に,使用目的が生活保護の趣旨目的に反しない場合については,収入認定の除外対象として取り扱い,当該収入があてられる経費については,保護費の支給又は就労に伴う必要経費控除の必要がないものであること。なお,この取扱いは,保有を認められた他の保険についても同様である。
〇別冊問答集
問3-25 保護受給中に受領した生命保険の解約返戻金,保険金等の取扱い
(問)
保護開始時に保有の認められた生命保険について,保護受給中に解約返戻会や死亡保険金,入院給付金等を受領した場合の取扱いを示されたい。
(答)次のとおり取り扱われたい。
(1)満期保険金及び中途解約の場合の解約返戻金
保護開始時の解約返戻金相当額については,法第63条により返還させることとなる。
また,開始時の解約返戻金相当額以外の額については,課長通知 第3の20に従い,その使用目的が生活保護の趣旨目的に反しない限り,収入認定の除外対象として取扱う。
(2) 配当金,割戻金等の一時金
(1)とは異なり,保険契約は継続されており未だ資産としての保険を保有している状態にあることから,解約返戻金相当額について考慮する必要はない。
また,配当金等は,支払った保険料の還付の性格を有していることから,(1)の後段同様,その使用目的が生活保護の趣旨目的に反しない限り,収入認定除外対象として取り扱って差し支えないものである。ただし,保護開始直後に配当金等が入った場合など保護開始後に支払った保険料の額を超える配当金等が入った場合には,その超える額について,次第8の3の(2)のエの(イ)により,8,000円を超える額を収入認定することとされたい。
(3)入院給付金等の保険給付金
(2)と同様,保険契約は継続されており未だ資産としての保険を保有している状態にあることから,解約返戻金相当額について考慮する必要はない。
しかしながら,保険事故に対する給付は「保護費のやりくりによって生じた預貯金等」にはあたらないものである。 よって,次第8の3の(2)のエの(イ)により,8,000円を超える額について収入認定を行うこととなる。 なお,入院給付金は,通常契約者ではなく,被保険者に対して支払われるので留意が必要である。
(4)死亡保険金(同居している世帯員に支払われた場合)
保護開始時の解約返戻金相当額については,法第63条により返還させることとなる。
一方で,保険事故に対する給付は,「保護費のやりくりによって生じた預貯金等」にはあてはまらないため,開始時の解約返戻金相当額以外の額については,次第8の3の(3)のキに該当するものを除き,次第8の3の(2)のエの(イ)により,8,000円を超える額について収入認定を行うこととなる。
○東京都生活保護運用事例集
(問7-15) 火災保険等(掛け捨て型)の戻り分の取扱い
掛け捨て型の火災保険(共済保険等を含む)に加入している者に,支払った保険料の一部が保険会社から還付された。 この戻り分について,収入認定上の取扱いはどうなるか。
答
1 住宅扶助で火災保険料の支給を受けず,生活扶助のやり繰りで保険料を支払っていた場合
掛け捨て型の火災保険(共済保険等を含む)の戻り分(割戻金等)は,支払った保険料の還付の性格を有していることから,課長問答第3の20と同様,その使用目的が生活保護の趣旨目的に反しない限り 収入認定の除外対象として取り扱う。
ただし,保護開始直後に割戻金が入った場合など 保護開始後に支払った保険料の額を超える割戻金が入った場合には,その超える額について,次第8-3-(2)-エ-(イ)により,8,000円を超える額を収入認定する。
2 保護開始後に住宅扶助で火災保険料の支給を受けた場合
契約に基づき火災保険料が契約解除日以降に日割りで返還される場合は,次第8-3-(2)-エ-(イ) により,その他臨時収入として取り扱い,8,000円を超える額が収入認定の対象となる。契約解除日が資力の発生日となるため,入金月が契約解除日の属する月の翌々月以降である場合は,生活保護法第63条に基づく返還対象となる。
(参考)都ブロック会議平成21年11月, 別冊問答集 問3-25(2),
平成25年6月ブロック別事務打合せ会議資料連絡事項
<福岡県行政不服審査会 答申>(令和3年4月)
諮問番号:諮問第119 号
答申番号:答申第119 号
答 申 書
第1 審査会の結論
福岡市東福祉事務所長(以下「処分庁」という。)が審査請求人に対して行った生活保護法(昭和25 年法律第144 号。以下「法」という。)第63 条の規定に基づく保護費の返還決定処分(以下「本件処分」という。)に係る審査請求(以下「本件審査請求」という。)は棄却されるべきであるとする審査庁の判断は,妥当であるとはいえず,本件審査請求には理由があるので,行政不服審査法(平成26 年法律第68 号)第46 条第1項の規定により,本件処分を取り消すべきである。
第2 審査関係人の主張の要旨
1 審査請求人の主張の要旨
本件処分の取消しを求める。その理由は以下のとおりである。
ア 保護費等を節約して捻出した原資からなる敷金の返戻金を収入認定することの当否については,「生活保護法の趣旨目的にかなった目的と態様で保護金品等当を原資としてされた貯蓄等は,収入認定の対象とすべき資産には当たらない」とした判例(最高裁判所第3小法廷 平成16 年3月16 日判決)から3年以上を経過し,その間,保護行政において自立目的の保護費節約による貯蓄が直ちには収入認定がされなくなってきたこと,賃貸借終了時の敷金精算において国土交通省が中心となって原状回復のガイドラインの周知が図られ,賃貸人の裁量で敷金返戻金の有無や額が左右されてきた取引慣行が克服されつつあり,また,これを受けて改正民法にも敷金に関する条項が明記され3年以内に施行されることになっており,敷金返戻金は「戻らないものが戻った」ではなく「戻るべくして戻った」という法的性質の金員と見るべきである。 このことから,これまで敷金の原資を問わず返戻金を収入認定してきた行政上の解釈・運用の原則を改め,敷金の原資が同判例にいう「貯蓄等」により拠出されている場合には,敷金返戻金も「貯蓄等」に当たるとして,これを収入認定するべきではなく,収入認定を理由とする保護費を減額する変更処分もするべきではない。
審査請求人は,自立に資する多少の一時資金を準備する目的で蓄えた手許現金を原資に前住居地の本件敷金を支払った。 新居住地に引越しをするに当たり,これまでに節約して蓄えた手許現金に加え,前居住地の明確かつ客観的な修繕負担基準により精算された本件返戻金を新居住地の敷金や引越し費用の計算に入れて引越しを実施することができ,引っ越した先の新居住地の修繕費負担基準も予め明確かつ客観的に定められているというのであるから,前居住地の本件敷金は,その原資は「貯蓄等」に当たり,かつ,本件返戻金もたまたまの臨時収入ではなく,「貯蓄等」の一部として戻ってきて,その後も全体の資金繰りの中で見れば新居住地の敷金あるいは手許現金という形で引き続き「貯蓄等」のままだといえる。
よって,審査請求人が受領した本件返戻金は,収入には当たらず,法第63 条の「資力ある」には当たらない。
イ 本件転居が自主的であり,生活保護法による保護の実施要領の取扱いについて(昭和38 年4月1日社保第34 号厚生省社会局保護課長通知。以下「課長通知」という。)第7の31 の問答で新住居の敷金に充当できる場合に該当していないことは認めるが,55 年経っており,見直しがなされるべきである。
審査請求人が県営住宅の抽選申し込みをしていたことを知った処分庁職員は,自費転居になると説明する一方で,審査請求人の生活状況を把握したうえで,転居費用扶助受給の可能な範囲や,戻り敷金を自立更正費に充てることなどを処分庁内で検討する試みをしていた。かかる試みは,積極的な転居指導ではないものの,転居実現に寄与したものであり,これも転居指導したとみなすことができる。
にもかかわらず,処分庁は転居指導をしたことにはならないとして,戻り敷金の収入認定を先例にあてはめて画一的かつ形式的な判断をしている。
転居指導がない場合には戻り敷金は収入認定されるといった画一的な先例こそが改訂されるべきである。
ウ 処分庁が転居に係る敷金を不支給とした理由が支給要件に該当しないからとした点について,課長通知第7の30 の答の文言を形式的に当てはめるのではなく,法の趣旨目的に照らして類推して当てはめるべきである。 処分庁は,転居の必要性,合理性につき,同答1ないし17 の文言を形式的に適用しただけであり,審査請求人が直面していた生活の実情を何ら勘案していない。
処分庁は,請求の転居の必要性・合理性について勘案すべき生活状況を勘案せず,また,転居時期の選択肢に反する説明も不足したまま,敷金相当額の扶助を不支給と判断し,その判断を基に敷金返戻金を収入ないし資産と認定しており,その認定は誤りである。
エ なお,息子が3歳になる平成30 年8月4日であれば,最低居住面積水準は35.00 ㎡となり,33.50 ㎡の前住居は審査請求人親子には狭隘となり,3歳でより活動的になる息子の育児環境と公立高校に進学し質量ともに負担が増す娘の引越しを処分庁が指導し,敷金の支給の必要性も認めた可能性を否定できない。
しかしながら,ケースワーカーは,審査請求人に対して,息子が3歳になることで前住居が最低居住面積水準より狭隘になることを一切説明しなかった。
仮にその説明を受けていれば審査請求人は引越しの時期を1年半先送りにする選択肢を考えることができた。かかる選択肢がありうるという説明不足の不利益を審査請求人のみに転嫁することは不適正・不公平である。
2 審査庁の主張の要旨
本件審査請求の棄却を求める。その理由は以下のとおりである。
何らかの収入がある場合は,原則として最低限度の生活の維持のため活用することになる。
敷金の返戻金について,課長通知第7の31 の答では,転居等により保護継続中のものに対し敷金が返還される場合は,当該月以降の収入として認定すべきとなっている。
なお,「実施機関の指導又は指示により転居した場合においては,当該返還金を転居に際して必要とされる敷金等に当てさせて差し支えない」となっているが,本件の転居は自主的なものであり,処分庁からの指導又は指示によるものではないため,該当しない。
また,処分庁は敷金返戻金等の取扱いについて検討したが,そのことをもって審査請求人に移転居の指導又は指示を行ったと認めることはできない。
以上のとおり,本件処分は適法かつ妥当に行われたものであり,審査請求人の主張には理由がないので,本件審査請求は棄却されるべきである。
第3 審理員意見書の要旨
法第63 条は,被保護者は,急迫の場合等において資力があるにもかかわらず,保護を受けたときは,保護に要する費用を支弁した都道府県又は市町村に対して,速やかに返還しなければならないとしつつも,その返還すべき額は,その受けた保護金品全額とはせず,これに相当する金額の範囲内において保護の実施機関の定める額としており,被保護者に返還させる金額の決定について,保護の実施機関に一定の裁量を与えている。
これは,本来支弁されるべきではなかった保護金品の返還について定めるものであるから,不当利得法理や公金の適正執行という観点からは,全額返還とされるはずであるところ,保護金品の一部が被保護者の自立及び更生に資する形で使用された場合等全額を返還させるのが不適当な場合や全額を返還させるのが不可能な場合もあるので,返還額の決定については,被保護者の状況を知悉し得る保護の実施機関の裁量に委ねる趣旨の規定と解されている(福岡地裁平成26 年3月11 日判決・賃金と社会保障1615・1616 号112 頁)。
法第63 条の趣旨等によれば,保護の実施機関が返還額決定について有する裁量は,全くの自由裁量ではなく,当該世帯の自立更生のためにやむを得ない用途に充てられた金品及び充てられる予定の金品(以下「自立更生費」と総称する。)の有無,地域住民との均衡,その額が社会通念上容認される程度であるかどうか,全額返還が被保護者の自立を著しく阻害するか等の点について考慮すべきものであり,その裁量権の行使が逸脱濫用に当たるか否かの判断においては,その判断が裁量権の行使としてされたことを前提とした上で,その判断要素の選択や判断過程に合理性を欠くところがないかを検討し,その判断が,重要な事実の基礎を欠くか,又は社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合には,裁量権の逸脱又は濫用として違法となると解すべきである(最高裁平成18 年2月7日第3小法廷判決・民集60 巻2号401 頁参照)。
本件処分は,平成30 年2月2日付け「不当受給事件報告書」の決裁を経て,同年3月7日に決定されているが,その際に,法第63 条の適用において必要な自立更生費の有無についての具体的な検討がなされたと認めるに足りる記録等の証拠はなく,その検討がなされたものとは認められない。
なお,平成29 年7月25 日のケース記録から,処分庁は,同日のケース診断会議において敷金の返戻金の転居費用への充当の可否を検討したことがうかがわれるが,処分庁は,この検討をもって法第63 条の適用において必要な自立更生費の有無の検討である旨主張しているものと認められる。 そして,この検討結果について,「転居費用への充当は認められない(自立更生費は認められない)」としており,その理由は,① 課長通知第7の31 の答によると転居等により保護継続中の者に対し敷金が返還される場合は当該月以降の収入として認定すべきとなっていること, ② 実施機関の指導又は指示により転居した場合は当該返還金を転居に際して必要とされる敷金等に当てさせて差し支えないとなっているが,本件において,当該指導又は指示は行っていないこと,及び ③ 課長通知第8の40 の答に列挙されている自立更生の経費(額)のいずれにも本件自立計画書の内容は該当しないこととしている。
しかしながら,上記の①及び②について,本件の転居費用が自立更生費と認められない理由になるのか,処分庁の説明はなく,明らかではない。
また,上記③について,処分庁は,本件の敷金返戻金の転居費用への充当につき,収入認定から除外できる自立更生費として認められるか否かを検討したことが,ケース診断会議記録表からうかがわれるが,法第63 条に基づき返還させる金額の決定において控除が認められる自立更生費については,収入認定除外の場合の自立更生費の範囲(問答集問13-5(答)(2)ウ)を超えて控除する余地があり(問答集問13-5(答)(2)エ参照),処分庁の行った上記の検討をもって,返還額決定において必要な自立更生費の検討が行われたとすることはできない。
以上により,処分庁の主張を認めることはできない。
以上のことから,審査請求人が本件の敷金返戻金を浪費せず,全額費消した状況においてそのほぼ全額の返還を命じることは,審査請求人の自立を著しく阻害する可能性があったにもかかわらず,処分庁は,返還額を決定するに当たって必要な自立更生費の有無を検討せずに本件処分をしたものであり,本件処分は,判断要素の選択に合理性を欠き,その判断は,社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる。
したがって,その余の点を審理するまでもなく,本件処分は違法又は不当と認められる。
以上のとおり,本件審査請求には理由があるので,行政不服審査法第46条第1項の規定により,本件処分は取り消されるべきである。
第4 調査審議の経過
令和3年2月2日付けで審査庁である福岡県知事から行政不服審査法第43 条第1項の規定に基づく諮問を受け,令和3年3月16 日の審査会において,調査審議した。
第5 審査会の判断の理由
本件審査請求の争点は,審査請求人の転居に伴い前住居の敷金が戻ってきたところ,処分庁が,本件の転居は自主的なものであり,処分庁からの指導又は指示によるものではないため,本件敷金は課長通知第7の31 問答にある,「実施機関の指導又は指示により転居した場合においては,当該返還金を転居に際して必要とされる敷金等に当てさせて差し支えない」には該当せず,収入にあたるとして,保護費返還決定処分をしたことが妥当かということにある。
平成16 年3月16 日最高裁第三小法廷判決では,生活保護を受けながら子の高校就学費用に充てる目的で学資保険に加入し,保護費を原資として保険料を支払っていたところ,満期保険金の一部が収入として認定され,生活保護法に基づき金銭給付を減額する内容の保護変更決定処分を受けた事案について,生活保護法の趣旨目的にかなった目的と態様で保護金品等を原資としてされた貯蓄等は,収入認定の対象となる資産には当たらないというべきであるとして,給付金等を原資として保険料を支払っていたことは,生活保護法の趣旨目的にかなったものであるということができるから,返戻金は,それが同法の趣旨目的に反する使われ方をしたなどの事情がうかがわれない本件においては,収入認定すべき資産に当たらないというべきであるとされた。
また,敷金が保護費として別途支給される場合は限定されており,厚生労働省社会・援護局長通知では,被保護者が転居に際し,敷金等を必要とする場合において,定められた特別基準額以内の家賃を必要とする住居に転居するときは,特別基準額に3を乗じて得た額の範囲内において特別基準額の設定があったものとして必要な額を認定して差し支えないとされているものの,ここでいう敷金等を必要とする場合とは,「実施機関の指導に基づき,現在支払われている家賃又は間代よりも低額な住戸に転居する場合」などにあたる場合であり,実施機関の指導に基づかない場合は対象とならない。
これらのことを踏まえて,以下,判断する。
本件審査請求において審査請求人は,入居時の敷金の原資は月々の保護費及び児童扶養手当を節約して蓄えた手元現金であると主張しているところ,賃貸住宅賃貸借契約書の記載から,審査請求人が敷金を3回の分割払いとしていることが認められる。
また,審査請求人の転居は自主転居であり,敷金相当額について保護費として別途給付はされていないことから,審査請求人は給付された月々の保護費等を節約して敷金を支払っていることが認められる。
保護費等の額は本来余裕を生じるはずのものではないが,その使途については被保護者に裁量の余地があり,審査請求人が転居時の敷金に充てる目的で蓄えた金員を原資に敷金を支払ったことは,法律の趣旨目的に反するものとはいえないことから,敷金返戻金は収入認定すべき資産に当たるとはいえず,本件返戻金は収入にあたるとしてその返還を求める本件処分は,その余の点について判断するまでもなく,法の解釈を誤ったものというべきである。
以上により上記1のとおり結論する。
令和3年4月20日
福岡県行政不服審査会第3部会
委 員 岡 本 博 志
委 員 牛 島 加 代
委 員 中 野 哲 之