【問】私は 転居にあたって,不動産業者から,前住居の敷金は 畳や襖などの補修費に充てるので,敷金の返還はないと言われましたが,敷金は 本当に全く戻って来ないのでしょうか。

 

 私は 福祉事務所の指導により,転居することになりましたが,前住居には10年 住んだため,不動産業者から,前住居の敷金は 畳や襖の補修費に充てるので,敷金の返還はないと言われました。

 10年住んだ場合は,敷金の返還は 本当に全く戻って来ないのでしょうか。

 

 

 

【答】

 敷金」とは,家賃を滞納したり,部屋を異常に汚したり,壊したりした場合の修理費に充当するための担保金であり,「預り金」と位置付けられています。

 

 建物賃貸借契約において,賃借人が建物を賃貸人に返還するとき,賃借人は,原則として賃貸物件を原状回復して賃貸人に返還する必要がありますが, 平成17年12月16日の最高裁判決では,賃借人が 社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化,又は 価値の減少が「通常損耗」に当たり,賃借人の原状回復の範囲に入らないと判断しています。

 つまり,自然に生じる壁紙の変色や,日常生活によって生じる畳や床の劣化などが「通常損耗」に当たります

 次に,裁判で敷金の全額返還が認められた事例を紹介します。

 

<裁判で敷金の全額返還が認められた事例>

床の不具合

 自然光の変色による畳表替え,フローリングのワックス,通常使用による床抜け

 

天井の不具合

 ポスターなどの画鋲の穴,軽度のタバコヤニによる変色,長年使用によるクロス剥がれ

 

壁・柱の不具合

 テレビ・冷蔵庫後部の黒シミ,自然光による壁紙の変色,ポスターなどの日焼け跡,エアコン設置による壁穴,ポスターなどの画鋲の穴,手垢によるシミ

 

設備・備品の不具合

 引越しに伴うカギ交換,紫外線劣化した網戸交換,地震等の気象によるガラス割れ

 

水回りの不具合

 キッチンやトイレ,フロの消臭消毒,通常使用による排水詰まり,通常使用による漏水

 

 

 また,国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」では,通常使用の範囲内での劣化や汚れについての修理費・掃除費については,基本的に貸主が負担すると明記されており,普通に生活をしている限り,敷金は全額返還されるものとされています(なお,生活保護の取り扱いでは,敷金の返還金は 8,000円控除後に 収入認定されます。)。

 

 【国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」の概要】 

 借主の原状回復義務(元に戻す義務)は,入居時と全く同じ状態に戻すという意味ではありません。 賃借人の居住・使用により発生した建物価値の減少のうち,賃借人の故意・過失,通常使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧することとしています。

 つまり,通常の生活で消耗・劣化したものの修理費は,貸主の費用負担であり,借主が負担する必要はないということです。

 

 

 ただし,賃借人が補修費を負担することになる通常損耗の範囲につき,賃貸借契約書自体に具体的に明記されているか,賃貸人が口頭により説明し,賃借人がその旨を明確に認識して,それを合意の内容としたものと認められるなど,その旨の特約が明確に合意されている場合には,賃借人が通常損耗についての原状回復義務を負うことがあります。

 

 なお,賃借人は,故意・重過失や,通常の使用方法から外れた方法により使用した場合に発生した建物や建具の損傷については,原状回復義務を負いますが,生活保護上は,本人にその責任があるため,住宅維持費は支給されません

 

 また,アパート等賃貸家屋の原状回復についての費用は,契約時に支払った敷金(名称の異なる同様の趣旨のものを含む)で賄うべきものですので,生活保護上は,住宅維持費を適用することはできないこととされています。

 

 しかし,契約時において敷金を支払っておらず,又は 支払った敷金が著しく低額であること目安は家賃1か月分: 自治体によって異なる)により,転出時に原状回復費用を請求された場合については,次の①,②のいずれにも該当する場合に限り,必要最小限度の額を住宅維持費として認定して差し支えないこととされています。

 

① 原状回復の範囲が,社会通念上,真にやむを得ないと認められる範囲であること  

 (なお,通常損耗や経年劣化に関しては賃貸人の費用負担により修繕すべきものであり,住宅維持費を適用することはできないことに留意。)

 

② 故意・重過失により毀損した部分の修繕ではないこと

 

 

 次に,礼金」とは,大家さんに対してお礼の意味を込めて渡すお金で,今よりも賃貸物件が少なかった時代に,家を貸してくれた感謝の気持ちとして渡していたものです。 礼金は,敷金と異なり,戻ってきません。

 そのため,近年は,敷金の額を少なくし,礼金の額を多くする傾向にあります。

 

 また,「敷引特約」とは,賃貸住宅からの退去時に,借主が入居時に払った敷金(保証金)から原状回復に係る費用として補修内容に関わらず 一定額を差し引くというもので,京都府や兵庫県,福岡県で多く見られる商慣習で,最高裁は 平成23年3月24日に,「敷引特約」の有効性に関する判決を出しています。

 この最高裁判決では,賃貸借契約の敷引特約は,敷引金の額が高額すぎる場合で,賃料が相場より大幅に低額であるなど特段の事情がない限り,無効と解するのが相当であると判断したものの,訴訟の案件については,敷引金が月額賃料の2倍弱から3.5倍強にとどまっていることに加え,礼金などの一時金を支払っていないなどから,無効とは言えないとしています。

 

 さらに,「更新料」とは,賃貸住宅の契約を更新するときに,借主が貸主に払うもので,首都圏を中心に近畿圏と東海圏の一部で商習慣化しているようです。

 更新料に係る訴訟では,京都府や滋賀県の借り主3人が提訴し,高裁判決では「無効」と「有効」で判断が分かれていましたが,平成23年7月15日の最高裁の判決では,更新料条項が賃貸借契約書に記載され,借り主と貸主との間に更新料の支払いに関する明確な合意が成立している場合は,更新料の額が高額に過ぎるなど 特段の事情がない限り,消費者契約法に違反するものではないとの判断を示しています。

 

 

 

(参考)

別冊問答集

 問7-117 賃貸家屋からの転出にあたり原状回復費用の請求を受けた場合

(問)

 アパート等賃貸家屋に入居していた被保護者が転出に当たり,賃貸借契約に基づき賃貸人から原状回復費用の請求を受けた場合,その費用を住宅維持費をもって支弁することができるか。

 

(答)

 アパート等賃貸家屋の原状回復についての費用は契約時に支払った敷金(名称の異なる同様の趣旨のものを含む)で賄うべきものである。 すなわち,住宅維持費として対応が必要な需要について,あらかじめ敷金として支払っていると解することができる。 このため,改めて住宅維持費を適用することはできない

 ただし,契約時において敷金を支払っておらず(入居時に局第7の4の(1)のカにより礼金・手数料等は支給しているが,敷金を支給していない場合を含む。),又は 支払った敷金が著しく低額であることにより,転出時に原状回復費用を請求された場合については,次のいずれにも該当する場合に限り,必要最小限度の額を住宅維持費として認定して差し支えない。

 認定額については,局第7の4の(2)のアに定める額の範囲内であり,かつ,局第7の4の(1)のカに定める額(入居時に局第7の4の(1)のカにより敷金・礼金・手数料等を支給している場合は,すでに支弁した敷金・礼金・手数料等の額を除いた額)を上回らない額とする。

(1) 原状回復の範囲が,社会通念上,真にやむを得ないと認められる範囲であること(なお,通常損耗や経年劣化に関しては賃貸人の費用負担により修繕すべきものであり,住宅維持費を適用することはできないことに留意)

(2) 故意・重過失により毀損した部分の修繕ではないこと