【問】生活保護を受けている人は,生活保護費で借金を返済することはできないのですか。
知人から生活保護を受けている人は,生活保護費は最低生活を維持するために支給されるものであるから,生活保護費で借金を返済してはならないと聞きましたが,それならば,生活保護費以外に収入がないときは,生活保護を受ける前の借金は,返済しなくてもよいのですか。
また,先日の記事で,東京司法書士会の司法書士が,次のとおり解説していましたが,これは本当せすか。
○生活保護費から借金の返済はできない!
借金が残っていても生活保護を受給できるといっても,生活保護費から借金を返済することは認められません。 後述しますが,生活保護費から借金を返済すると大きなデメリットが生じます。
○そもそも生活保護とは?
生活保護は,あくまで最低限度の生活を維持するための制度です。 このような制度趣旨から,生活保護費から借金を返済することはもちろん,生活保護者が新たに借金することも認められません。
【答】
インターネットで検索すると,「生活保護を受けている人は,生活保護費で借金を返済してはならない。」と書かれているものを見かけることがありますが,これは明らかに誤りです。
そして,あなたが上記の質問で書いている東京司法書士会の司法書士の解説の内容も誤りです(質問の中の「生活保護者が新たに借金することも認められません」という意味は,生活保護受給中の借金は 収入として認定され,生活保護費が その分 減額されるか,又は 借金に相当する額の生活保護費を返還しなければならない ということです。)。
時々,ケースワーカーの経験や知識もない,自称 専門家と称する人たちが書いている生活保護制度に関する解説の中には,このような誤りがいくつも見られ,本当に困ったものです。
借金は,法定利息を超えていない限り,返済することは当然のことであり,仮に「生活保護を受けている人は,保護費で借金を返済してはならない。」ということを認めるならば,生活保護を受ける前に,わざと多額の借金をしても,それを返さなくてもよいということになり,モラルハザードを起こしてしまいます。
「生活保護を受けている人は,生活保護費で借金を返済してはならない。」といったことは,生活保護法や 生活保護制度に関する厚生労働省の通知等のどこにも書かれていません。 それにも関わらず,「生活保護を受けている人は,生活保護費で借金を返済してはならない。」という 誤ったことが言われている理由は,おそらく生活保護費は,最低限度の生活を維持するために支給されるものですから,これを借金の返済に充てると,最低限度の生活を維持することができなくなるという理由によるものであると思われます。
確かに多額の借金があり,生活保護費の中から毎月2~3万円を返済しなければならない場合は,最低限度の生活を維持することができなくなると思われますが,借金の額が10~20万円程度で,月に5,000円~10,000円程度の返済ならば,生活保護費をやり繰りして返済することは可能でしょう。
仮に生活保護費で借金を返済することができないとするならば,生活保護法の第63条返還金や第78条徴収金についても,生活保護費の中から返還できなくなってしまいます(実際は,生活保護費の中から返還する必要があります。)。
また,生活保護受給者がクレジットカードを利用して家電製品などを購入した場合は,生活保護費から家電製品などの購入費を クレジット会社へ返済できなくなってしまいますし, 社会福祉協議会から生活資金を借りてエアコン購入した場合は,エアコン購入のための借入金を 生活保護費から社会福祉協議会へ返済できなくなってしまいます。 こんな馬鹿げたことはないでしょう。
なお,クレジットカードを利用して 家電製品などを購入しても,借金として収入認定されることはありませんし, 社会福祉協議会からエアコン購入のため生活資金を借りても,借金として収入認定されることはありません(これについては,このブログの11月2日の記事「生活保護とクレジットカード」や,6月9日の記事「生活保護と借金」を参考にしてください。)。
役所のケースワーカーは,生活保護を受ける前の借金がおおむね50万円以上のときは,法テラスに相談し自己破産及び免責の手続きを行うことを勧めると思います。 裁判所が,自己破産及び免責を認める借金の額は,一律に決められているものではなく,裁判官が,その人の返済能力をもとに,個別に判断するものですので,年齢が若くて 稼働能力がある場合は,金額が比較的高くなり,高齢で 稼働能力がない場合は,金額が比較的低くなると思います。
ある書籍には,生活保護を受けている人は,借金の額が20万円程度でも,自己破産及び免責が認められることがあると書かれています。
したがって,あなたの借金の額が10~20万円程度で,毎月の5,000円~10,000円程度であり,できるだけ自己破産をしたくなく,返済を続けたいと考えているならば,必ずしも自己破産をしなくてもよいと思います。
しかし,あなたの借金の額が50万円を超えており,毎月の返済額が10,000円~15,000円を超える場合は,弁護士に依頼して自己破産と免責手続きを行った方がよいのではないでしょうか。
また,あなたが,どうしても自己破産をしたくないならば,弁護士に依頼して,債権者に利息を引き下げてもらう交渉を行うことを検討してもよいと思います。 債権者も,あなたに自己破産されて債権を失うよりも,利息を引き下げて返済を続けてもらう方を選ぶでしょう。
なお,生活保護を受けている人が,法テラスを通じて自己破産及び免責の手続きを行う場合は,自己負担額ありませんし,自己破産しても,大きなデメリットはありませんので,詳しくは法テラスを通じて弁護士や司法書士に相談してください。 法テラスでの弁護士や司法書士への相談料は,予約が必要であり,相談時間は1回当たり30分程度で,相談料は無料です。
ただし,法テラスを通じて弁護士や司法書士に依頼し,慰謝料などの収入があったときは,生活保護を受けていても,法テラスが定めた一定額の弁護士報酬や司法書士報酬などの経費を支払う必要があります。
最後に,弁護士や司法書士の全員が 生活保護制度に詳しいわけではありません。 弁護士や司法書士の中には,生活保護制度に詳しい人もいますが,それと同じくらい 生活保護制度にあまり詳しくない人もいます。 したがって,弁護士や司法書士が生活保護制度の解説を書いているからと言って,その内容が必ずしも詳しいわけではありません。
司法書士や弁護士といった専門家と称する人たちが書いている生活保護制度に関する解説の中には,時々 誤りがありますので,それを鵜呑みにしないでください。 インターネットで調べたり,いろいろな資料を見たりして,それが正しいかどうかを判断してください。
それでも分からないときは,このブログの「コメント管理」欄で 私に質問してもらえば,できるだけ すぐにお答えします。
生活保護制度の解説を書くならば,このブログの11月2日の記事「生活保護と参考資料」に挙げた資料や書籍の せめて半分くらいは読んで,正しい解説を書いてもらいたいものです。
なお、このブログの6月9日の記事「生活保護と借金」についても,合わせてお読みください。