【問】私は 求職活動を行っていますが,就職が決まらないため,担当ケースワーカーから,6か月先までに就職しなかったときは,生活保護を廃止すると言われました。 どうしたらよいのでしょうか。
私は 生活保護を受け,求職活動を行っていますが,面接が苦手で,なかなか就職決まりません。 そのため,担当ケースワーカーから,就労指導の文書指導指示書を渡され,今から6か月後までに就職しなかったときは(就労指導の文書指導指示に従わなかったときは),生活保護を廃止すると言われましたが,どのようにしたらよいのか分かりません。
そこで,何かアドバイスがあったら,お願いします。
【答】
ケースワーカーから指導があっても,本人の努力で実現できるものと,努力しても実現できないものがあります。
例えば,ケースワーカーから ある書類を渡され,何日までに提出するよう指導を受けた場合,書き方が分からないときは,ケースワーカーに聞いて記入し,指定の期日までに書類を提出することは可能です。
しかし,就職については,相手があることですから,本人がいくら努力しても,指定された期日までに実現できるかどうかは分かりません。 雇用先が,あなたを採用するかどうかは,雇用先の採用基準や考え方などによることが大きいと思います。
例えば,大阪府岸和田市において,求職活動をしても就労できずに 生活保護を申請した男性(40歳)が,市の生活保護申請却下処分の取り消しなどを求めた訴訟の判決において,大阪地裁は,平成25年10月31日に 市に処分の取り消しと約68万円の損害賠償を命じました。
判決は,「学歴や資格など申請者の資質や,困窮の程度などを総合的に判断して処分を決める必要がある」と指摘し,「男性は働く能力も意思もあったが,就労の場を得られる状況にはなかった。 保護が必要だったのは明らかで,却下は違法」との判断を示しました。 これが,次の参考に挙げた「岸和田訴訟」です。
また,自営業で収入が少ないため,福祉事務所から,指定された期日までに月額11
万円まで増収すること という指導をされた場合に,本人の努力だけでは実現できるかどうかは分かりませんので,このような実現が困難な指導については,指導指示違反という理由により 保護を廃止することはできません。
しかしながら,中には,このことを知らず,生活保護の廃止処分を行う福祉事務所が存在し,生活保護廃止処分の取消訴訟において,原告が勝訴し,生活保護廃止処分が取り消されたことがあります。 これが,次の参考に挙げた「京都市伏見増収指導事件」です。
さらに,過去の自動車の処分に係る判決(このブログの7月6日の記事「生活保護と自動車の処分」を参照のこと)では,自動車の処分指導(文書指導指示)に従わなかったため,保護の停止又は廃止処分を行ったことに対する処分取消訴訟において,市が敗訴するとともに,国家賠償請求が認められた事例が見られます(市が控訴しなかったため,市の敗訴が確定。)。
その理由は,被保護者が通院や移動に要する費用やサービスを新たに要求したものではなく,虚偽の申告をしたり,不正の手段を用いたわけでもないので,被保護者が自動車の処分指導に従わなかったことが保護の停止処分を行うべきほど悪質なものとまでは言うことができず,被保護者は保護の停止によって直ちに困窮状態に陥ることは容易に予想される状況にあったと考えられるから, その実情を十分に考慮せずに保護の停止処分を行い,その結果,被保護者は実際に著しい生活の困窮状態に陥ったことからすれば,停止処分は,相当性を欠き,法第62条3項(指導指示違反による変更・停廃止)に違反し,違法であったというべきであるというものです(峰川訴訟:平成21年5月29日福岡地裁判決)。
また,日弁連は,被保護世帯について,処分価値の小さい自動車保有を原則として認めるべきであり,自動車の保有要件(厚生労働省通知)は廃止すべきであると主張しています(平成22年5月6日 弁連意見書)。その理由は,自動車の普及率は83%~84%に達しており,生活用品の保有容認の目安である70%を超えていること,また,処分価値が小さい自動車を処分しても売却金はわずかであり,処分する必要性が低いこと,処分価値のない自動車は資産とは考えられないことなどです。
また,処分価値がないか又は小さい自動車であっても 処分指導に従わなかった場合は,保護の停廃止という重い処分が行われること(比例原則違反)を批判しています。
これに対して,裁判所は,厚生労働省の主張を踏まえ,自動車の普及率は8割を超えているが,低所得者層の普及率は5割を切っており,低所得者にとっては,自動車は今なお高価なものであり,また,自動車は,処分価値がないか又は小さいものであっても,保有しているだけで維持管理費がかかり,その経費は保護費をやり繰りして捻出する必要があるので,自動車の保有要件(厚生労働省通知)は,違法ではない(又は違法とまでは言えない)としていますが,自動車の保有要件については厳格に解釈するとともに,自動車の処分指導違反による保護の停廃止処分については,指導違反の程度に対して処分が重すぎるため,相当性を欠き,法62条3項に違反し違法であるとして,保護の停廃止処分を取り消す旨の判断を示すことが多いように思います(増永訴訟:平成10年5月26日 福岡地裁判決, 峰川訴訟:平成21年5月29日 福岡地裁判決, 枚方訴訟:平成25年4月19日 大阪地裁判決。 いずれも保護の停止・廃止・却下処分が取り消され,市が控訴しなかったので,市の敗訴判決が確定しています。)。
生活保護廃止処分の取消訴訟を起こさないと,保護廃止処分が取り消されないなんて,全く酷い話です。 福祉事務所が,過去の判例や都道府県知事裁決を勉強していれば,このような愚かな生活保護廃止処分や 生活保護申請却下処分を行わないのですが,残念ながら,福祉事務所が,過去の判例や都道府県知事裁決をあまり勉強していないため,馬鹿げた行政処分をしてしまいます。
生活保護法第27条に基づき,生活保護を受けている人に対して 一定の指導を行うことはできますが,上記のように 本人が いくら努力しても実現できないことを指導指示することはできませんし,そのような指導指示に違反したからと言って,生活保護の廃止処分をすることはできません。
また,生活保護の停止処分や廃止処分を行った場合は,ほとんどの生活保護受給者が,直ちに生活困窮状態に陥るわけですから,生活保護の停止処分や廃止処分という重い処分を行うためには,それに相応した悪質で重大な指導指示違反を行った場合でなければ,生活保護の停止処分や廃止処分はできません(比例原則違反)。
さらに,「生活保護行政を適正に運営するための手引について」(平成18年3月30日付,社援保発第 0330001号)には,指導指示を行う手順などが定められていますが,このような手順があることを知らないケースワーカーなども多く,福祉事務所が,この手順に従っていないときは,手続きに瑕疵(かし)(=キズ,欠陥,過ち)があるとして,審査請求や訴訟で主張することができますし,手続きに重大な瑕疵があるときは,生活保護の廃止処分が取り消されることもあります。
しかしながら,残念なことに,福祉事務所には,勉強不足,知識不足のケースワーカーや係長,課長が 本当に多いのです。 そのため,福祉事務所から不当な行政処分を受ける可能性があるときは,このブログの「コメント管理」欄に質問などを書き込んでいただければ,私ができるだけアドバイスしますし,早い段階で 法テラスを通じて 生活保護制度に詳しい弁護士に相談することをお勧めします。
(参考)全国生活保護裁判連絡会(主な判決)
○岸和田訴訟(求職者の稼働能力活用)(大阪地裁平成25年10月31日判決)
【事案の内容】
30代の原告が,仕事を探し続けても見つからず,保護実施機関に生活保護申請に赴いたところ,5回にわたって生活保護申請を却下され続けた。
原告は,申請に対する却下処分の取消しと,却下処分によって被った財産的損害・精神的損害に対する慰謝料を求めて提訴した。
【問題の所在】
生活保護法第4条1項は,保護の要件として,「その利用し得る資産,能力その他あらゆるものを,その最低限度の生活の維持のために活用すること」(保護の補足性)を挙げ,資産と並んで,「稼働能力の活用」を要件とする。 そこで,稼働年齢層においては生活保護の受給が可能かが問題となる。 働く能力があっても,就労の場がみつからない場合等に,保護を受けることができることを明らかにした事例である。
【判断】
一審判決は,「① 稼働能力, ② 稼働能力活用の意思, ③ 稼働能力を活用する就労の場」の3要素を判断枠組みとして,原告が,厳しい生活状況に置かれ保護の開始を望んで福祉事務所に赴いたにもかかわらず申請ができなかった経過等に着目し,「現在の生活状態や就労,求職状況等の聴取を怠り,かつ,保護の可否については慎重な判断が要求されるにもかかわらず,原告の年齢及び健康状態のみに基づいて,安易に原告は稼働能力活用の要件を充足していないと即断し,それ以上原告夫婦への対応を行わなかった」と断じて,却下決定を取り消すとともに,岸和田市に対して約70万円の支払いを命じた。一審で確定。
【参考】
一審判決 大阪地裁 平成25年10月31日判決 賃社1603・1604号81頁 最高裁Web
○京都伏見増収指導事件(実現困難な指導指示の違法性)
(大阪高裁 平成27年7月17日判決,差戻審)
【事案の内容】
保護実施機関は,資産価値のない軽自動車を使用して友禅染の仕事に従事していた原告(被保護者,自営業)に対し,「収入を月額11万円(必要経費を除く)まで増収して下さい。」と指示(法27条)した。保護実施機関は,原告が月額3万円程度の収入しか上げられなかったため,指示の不履行を理由に生活保護廃止を決定した。原告は,保護廃止決定を違法なものであるとして,京都市に対し損害賠償を求めて提訴。
【問題の所在】
被保護者が指導指示義務に違反した場合保護廃止の対象となりうるが,本件ではそもそも実現が著しく困難な指示(自営業者に対する増収指示)に基づく保護廃止が問題となった。また,書面には記載がないが口頭で指示されていた事項について指示の内容と認められるかが争われた。
【判断】
一審判決は,原告が,当時置かれた生活状況の下で,友禅の内職の仕事で月11万円へと収入を増加させることは到底期待できず,本件指示は客観的に実現不可能又は少なくとも著しく実現困難なものというべきであるから,同指示は違法な指導指示に当たり,同指示の不履行を処分理由とする本件廃止決定も違法であると判断し,保護廃止後の生活保護費相当額である約400万円余りの損害を認めた。
これに対し,二審判決は,「本件指示の内容を解するに当たっては,上記文言のみならず,本件指示書に記載のある指示の理由,本件指示に至るまでの経緯,処分行政庁による従前の指導内容,それに対する対応や認識などを総合考慮して判断すべきである」として,本件では,従前の就労状況では自動車を保有することはできず,保護を継続するためには,自動車を処分するか,増収を図るかしかないことは十分理解していたといえ,自動車を処分することで本件指示に違反したことにならないことも十分理解していた」等とし,自動車を処分すれば,本件指示に従ったことになるのであるから,指示の内容が客観的に実現不可能又は著しく困難な場合とまでは認めることができないとして,請求を棄却した。原告上告。
最高裁は,下記のように結論づけ破棄差戻した。
判決要旨「生活保護法62条3項に基づく保護の廃止の決定に先立ち,処分行政庁による被保護者に対する同法27条1項に基づく指示が生活保護法施行規則19条により書面によって行われた場合において,当該書面に,指示の内容として,被保護者の特定の業務による毎月の収入を一定の金額まで増収すべき旨が記載されているのみで,被保護者の保有する自動車を処分すべきことも指示の内容に含まれているものと解すべき記載は見当たらないという判示の事情の下においては,処分行政庁が被保護者に対し従前から増収とともにこれに代わる対応として上記自動車の処分を口頭で指導し,被保護者がその指導の内容を理解しており,当該書面にも指示の理由として従前の指導の経過が記載されていたとしても,上記自動車の処分が当該指示の内容に含まれると解することはできない。」
差戻審(大阪高裁平成27年7月17日判決)は廃止を違法と認めて,市に約684万円の損害賠償を命じた。判決確定。
【参考】
・一審判決 京都地裁 平成23年11月30日判決 判時2137号100頁 裁判所Web
・二審判決 大阪高裁 平成24年11月9日判決 判例地方自治369号92頁 裁判所Web
・最高裁判所 平成26年10月23日判決 裁判所Web
・差戻審 大阪高裁 平成27年7月17日判決
○生活保護行政を適正に運営するための手引について
社援保発第 0330001号
平成18年3月30日
都道府県知事
各 指定都市市長 殿
中核市市長
厚生労働省社会・援護局保護課長
生活保護行政を適正に運営するための手引について
Ⅰ 申請相談から保護の決定に至るまでの対応 (略)
Ⅱ 指導指示から保護の停廃止に至るまでの対応
保護受給中において指導指示を行うべき場合については、局第9-2-(1)に仔細に定められているが、個別ケースに即して柔軟に対応し、効果的な指導指示を行う必要がある。
1 法第27条による指導指示
(1)口頭による指導
ア 生活上の義務、届出義務及び能力活用等に関して、定期的に助言指導を行ってもその履行が十分でなく、法第27条による指導指示が必要である場合には、援助方針、ケース記録、挙証資料、指導の経過等を踏まえ、組織として対応を協議する。
イ その結果、法第27 条による指導指示が必要とされた場合は、具体的に指導指示を行い、それに対する本人の意見、対応状況等をケース記録に詳細に整理、記録する。
ウ 指導指示は、長期的に漫然と行わず、具体的に指導指示の内容、期間等を明示して行う。
エ 法第27条による指導指示は、口頭により直接 当該被保護者(これによりがたい場合は、当該世帯主)に対して行うことを原則とする。
(2)文書による指導
一定期間、口頭による指導指示を行ったにもかかわらず、目的が達成されなかったとき、又は達成されないと認められるときに文書による指導指示を行う。
ア 文書での指導指示や保護の変更、停止又は廃止等が将来的に必要になると判断される場合は、口頭による指導指示の方法に準じ、ケース診断会議等に諮り、組織として指導指示の理由、内容、時期等を検討し,ケース援助の全般を含めた具体的な方針を決定する。
イ 文書による指導指示は、指導指示書により、指導指示を行う理由、内容、対象者等を分かりやすく、具体的に記載する。また必要に応じて、過去の指導状況を勘案しつつ、個別ケースに即して適切な履行期限を定める。
ウ 指導指示書には、法的根拠を明示し、指導指示に従わないとき(履行期限を定めた場合は、その期限までに履行されないとき)は、保護の変更、停止又は保護が廃止されることがある旨を記載する。
エ 指導指示書は、当該被保護者(これによりがたい場合は世帯主)に読み聞かせる等十分に説明したうえ手交し、受取証に署名等をさせる(手交の際、担当ケースワーカーだけでなく査察指導員が同席することが望ましい)。これによりがたい場合には、内容証明し郵送により行う。
オ 文書による指導指示後も、その履行状況の把握、必要な助言指導等を行いケース記録にその状況を記載する。
2 保護の変更、停止又は廃止
文書による指示を行っても正当な理由なく文書指示に従わない場合には、さらにケース診断会議に諮る等 組織的に十分検討のうえ、弁明の機会を与える等 法第62条第4項による所定の手続を経たうえで保護の変更、停止又は廃止を行う。
(1)予め当該処分をしようとする理由、弁明をすべき日時及び場所を通知し、弁明の機会を与える必要がある。
(2)指導指示に従わないことに対して正当な理由がない場合、又は正当な理由がな
く、指定場所に来所しない場合は、保護の変更、停止又は廃止の処分決定を行う。
(3)処分は、理由をわかり易く明記したうえで書面により通知する(この場合でも、不服申立て等を行うことができる旨を記載する)。
なお、指導指示に従わないことを理由として保護を廃止された者が、廃止後間もなく再度保護申請を行った場合においては、保護廃止に至った理由が解消されているかどうかを勘案した上で保護の適用について判断し、保護廃止に至った理由が解消されていない場合は、保護の要件を満たさないものとして、申請を却下して差し支えない。