【問】生活保護を申請する場合に,両親や兄弟姉妹への扶養照会を拒否することはできないのですか?

 

 私は,病気で働くことができず,生活費や医療費に困っているので,先日,役所に生活保護の相談に行きましたが,役所の担当者から,生活保護の申請があったときは,両親や兄弟姉妹に対して,あなたに金銭的援助ができるかどうかについて問い合わせる必要があると言われました。

 しかし,私は,両親や兄弟姉妹とは10年以上交流がなく,両親や兄弟姉妹には,生活保護の申請をしたことや,生活保護を受けていることを知られたくありません。

役所がどうしても両親や兄弟姉妹に扶養照会をするならば,生活保護を申請することを諦めようと思いますが,そうすると,生活することができなくなります。 私は,どのようにしたらよいのか,アドバイスをお願いします

 

 

【答】

 生活保護の申請をした場合は,役所の担当者から,両親や兄弟姉妹などの扶養義務者に対して,あなたに金銭的援助ができるかどうか照会する必要があると言われると思います。

 それは,生活保護法第4条第2項に民法に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は,すべてこの法律による保護に優先して行われるものとする。」と定められているため,福祉事務所は,厚労省通知により扶養照会が不要と定められている事例に該当しないときは,原則として扶養照会を行うこととなっているからです。

 しかし,「扶養義務者による扶養が,生活保護に優先する」という意味は,実際に被保護者に仕送りが行われている場合に,その仕送り分を収入認定する。」ということであり,「扶養」は生活保護の要件ではありません

 

 また,私の経験では,扶養照会を行っても,実際に金銭的援助ができると回答があった事例は,0.2%未満でしたので,現実的には扶養照会が,生活保護の申請を諦めさせる手段の一つになっていると思います

 

 「扶養」が生活保護の要件であれば,扶養照会を行うことについて本人の同意が得られない場合でも,扶養照会を行う必要があるかもしれませんが,「扶養」は生活保護の要件ではないので,本人の同意が得られない場合に,本人の反対を押し切ってまで,扶養照会を行う必要性があるのかについては疑問があります。

 扶養照会を行うことについて,生活保護を申請している人や 生活保護を受けている人の強い反対がある場合に扶養照会を行うことは,生活保護を申請している人や生活保護を受けている人との信頼関係を損なうことになり,ケースワークを行っていく上で支障になることが多いので,私がケースワーカーをしていたときは,ケース記録には,「扶養照会を行うことに強く反対しているので,今後,扶養照会を行うことについて説明を続け,理解を求めていく。」などと書いて,当分の間,扶養照会を保留することにしていましたし,他の多くのケースワーカーも同じような対応をしていました。

 もしかしたら役所やケースワーカーの中には,生活保護を申請している人や 生活保護を受けている人の反対があっても,扶養照会をするところがあるかもしれませんが,そのような役所やケースワーカーはおそらく少ないと思われます。

 そのため,役所の担当者に対して,老親や兄弟姉妹にはもう何年も会ってないので,扶養照会を行わないでほしいなどと相談してみましょう。 多くの役所やケースワーカーは,扶養照会を行わないと思います。

 

 さらに,令和3年3月から 扶養照会を行わなければならない要件が少し緩和され(扶養照会が不要の例として,20年間音信普通が10年程度音信不通に短縮されるなど),厚生労働省の通知では,扶養義務者が次に該当する場合は,扶養照会を行わなくてもよいとされていますので,役所の担当者にそのことを説明してください。

 あなたが,扶養義務者への扶養照会を拒んでいるにもかかわらず,役所の担当者が,扶養照会を行うと言っている場合は,法テラスを通じて生活保護制度に詳しい弁護士や,各地の生活保護支援ネットワークなどの生活困窮者支援団体に相談しましょう。

 

<扶養照会を行わなくてもよい場合>(「別冊問答集」より)

 

・扶養義務者と10年程度(令和3年2月までは 20年間音信不通であるなど,交流が断絶していると判断される場合

・扶養義務者が生活保護を受けている場合

・扶養義務者が未成年者の場合

・扶養義務者がおおむね70歳以上の高齢者の場合

・扶養義務者が長期間入院している場合

・扶養義務者が社会福祉施設に入所している場合

・扶養義務者が主たる生計維持者ではなく働いてない場合

・扶養義務者の暴力から逃れてきている場合

・扶養義務者が虐待等の経緯がある人の場合

・扶養義務者に借金を重ねている場合

・扶養義務者と相続をめぐり対立している場合

・扶養義務者から縁が切られている場合

・その他扶養義務者との関係が著しく不良の場合など

 

 

 

(参考)

○生活保護手帳

問(第9の2)

 相談段階で 扶養義務者の状況や援助の可能性について聴取することは,申請権の侵害に当たるか。

 

 扶養義務者の状況や援助の可能性について聴取すること自体は申請権の侵害に当たるものではないが,「扶養義務者と相談してからではないと申請を受け付けない」などの対応は,申請権の侵害に当たるおそれがある

 また,相談者に対して扶養が保護の要件であるかのごとく説明を行い,その結果,保護の申請を諦めさせるようなことがあれば,これも申請権の侵害にあたるおそれがあるので留意されたい。

 

 

 

○厚生労働省 保護課長通知

〔扶養義務の履行が期待できない者に対する扶養能力調査の方法〕

問(第5の2) 

 局長通知第5の2の(1)による扶養の可能性の調査により,例えば,当該扶養義務者が被保護者,社会福祉施設入所者 及び 実施機関がこれらと同様と認める者要保護者の生活歴等から特別な事情があり明らかに扶養ができない者 並びに 夫の暴力から逃れてきた母子,虐待等の経緯がある者等の当該扶養義務者に対し扶養を求めることにより明らかに要保護者の自立を阻害することになると認められる者であって,明らかに扶養義務の履行が期待できない場合は,その間の局長通知第5の2の(2)及び(3)の扶養能力調査の方法はいかにすべきか。

 

1 当該扶養義務者が生活保持義務関係にある扶養義務者であるときは,局長通知第5の2の(2)のアのただし書きにいう扶養義務者に対して直接照会することが真に適当でない場合として取り扱って差しつかえない。

2 当該扶養義務者が生活保持義務関係にある扶養義務者以外であるときは,個別の慎重な検討を行い扶養の可能性が期待できないものとして取り扱って差しつかえない。

3 なお,「夫の暴力から逃れてきた母子,虐待等の経緯がある者等の当該扶養義務者に対し扶養を求めることにより明らかに要保護者の自立を阻害することになると認められる者」については,1又は2のいずれの場合も,それぞれ,直接照会することが真に適当でない場合又は扶養の可能性が期待できないものとして取り扱うこと。

4 また,1又は2の3のいずれの場合も,当該検討経過及び判定については,保護台帳,ケース記録等に明確に記載する必要があるものである。

※ 扶養義務者としての「兄弟姉妹」とは,父母の一方のみを同じくするものを含む。)

 

 

 

○生活保護手帳・別冊問答集

 問5-1 扶養義務履行が期待できない者の判断基準

(問)

 課第5の2の答にある「実施機関がこれらと同様と認める者及び「要保護者の生活歴等から特別な事情があり明らかに扶養ができない者」というのは,具体的にどのような者を指すのか。

 

(答)

 前者については,例えば長期入院患者,主たる生計維持者ではない非稼働者,未成年者概ね70歳以上の高齢者などが想定される。

 後者については,例えば,当該扶養義務者に借金を重ねている,当該扶養義務者と相続をめぐり対立している等の事情がある, 縁が切られているなどの著しい関係不良の場合等が想定される。  なお,当該扶養義務者と一定期間(例えば10年程度)音信不通であるなど交流が断絶していると判断される場合は,著しい関係不良とみなしてよい