愛と美と調和を求める、エンパス・セラピスト竜(りゅう)です。
義務教育で道徳が正式教科になるとのことです。
先日、地域の公開講座で説明していました。
やはり昨今のいじめの増加、児童・生徒による凶悪な事件の増加がその根底にあります。
こどもたちの意識調査で、『命は死んでもよみがえるか?』という質問に対して、正確な数字は忘れましたが、小学生も中学生もかなりの数で『そう思う』と、答えているのがびっくりでした。
講師は『テレビやゲームの影響だけでなく、「誰かから聞いてそう思った」と、答えている子も多いのです』と、言っていました。
そりゃあね、スピリチュアルの観点からだと、『魂は不滅である』とか言いますけど、だからといって、実際の人間を殺めていいかといえば、それは全く違いますよね。
だもんで、道徳教育では、命のこととか、いじめのこととか『先生も子どもたちも一緒になって、考えようね』という、スタンスでやってくみたいです。
その道徳教育・教科化の講義のあと、実際小学生の道徳の授業を参観したのですが、
AくんとBくんがいて、
Aくんは宿題を忘れてしまった。そこで、いつもキャッチボールとか教えてあげてるBくんに、
『ねぇ、宿題答えをうつさせてよ!』と、言ったら、Bくんに、
『だめだよ!』
と、断られちゃった。
Aくんは、怒って、
『なんだよー!いつもキャッチボール教えてあげてるのに!Bなんてもう友達じゃない!』と、思うのです。
仕方なくAくんは、休み時間に宿題をやります。そして授業で先生に『頑張ったね』と、ほめられ、ふとBくんの方をみると、
にこにこ笑っていた
と、いう教材でした。(ええ話や~)
そこで先生は、『なんで、Bくんは笑っていたんだろうね』とか、『みんながBくんだったら、宿題の答え見せる?それとも見せない?それはなぜ?』とか『最後Aくんは、Bくんを友達と思ったかな?それとも友達じゃないと思ったかな?』とか、聞いていきます。
なかなか良い流れです。ところが・・・
授業の終盤、『このお話でみんなは何を感じましたか?』という質問に対して、
『友情よりも、正しいことの方が大事です』
と、言った子がいました。
授業中積極的に発言してる、とても成績の良さそうな子でした。
先生は、否定も肯定もせず、わりとあっさり受け流していました。
むむむ
ここは、突っ込んで話し合うとこじゃないですか!?
正しいって、何でしょう?
『道徳教育に正解ない』と、仰ってたどこぞの大学の名誉教授ですが、子どもたちはふだん『正解を求める、求められる教育』にどっぷり浸かっています。
いじめ→悪い
殺人→悪い
正解→良い
勤勉→良い
正しい>友情 ?
仕事>命 ?
今、こういうことが実際起きて、問題になっています。
心理学・・・心理学なら、これらの問題に対して、
認知の仕方を変えてみたり、
様々な角度から捉えたり、
心の多様性を学んだり、
人生の優先順位について考えたり・・・
いろいろなアプローチがあると思うんですよね!
もちろん、答えは一つじゃないし、何が良いとか悪いとかではなくて、
『そういう見方、考え方もあるんだ!?』
と、気づくことが大事だよね!
視野を広げることによって、問題は小さくなっていくものです。
あぁ、義務教育に心理学をぜひ!
↑画一的なのは、怖いよ!


