ここ数ヶ月、色々なものを失くしました。
雨傘、日傘に、定期券を2度、そして、眼鏡・・・
原因はすべて「息子が待っている。急がなきゃ」である。

私の在社時間+行き帰りの通勤時間=息子の在社(園)時間
は、必然的に私より長くなる。
迎えに来たママとお友達との熱い抱擁を幾人も目の当たりに見送る息子を思うと・・・
退社後は一刻も早く迎えに行きたい。思いに反して遅れるお迎え。
帰りの電車は、まだ着かぬかとイライラ乗車。着いたら、激動の育児の始まりへ焦る。
置いた日傘のことなど忘れ、
定期券はとって鞄に入れ損ね(落とした1度目)、
定期券をとる前に走り去る(とり忘れた2度目)。
いつも息子が寝た後に帰宅、
お迎えに行かぬ(行けぬという)主人に「落ち着きなさい」と言われる。

4月、5月はもともとの多忙期に、
慣れぬ業務への緊張感と締め切りの焦燥感が加わって、
頭の中にたえず何かを抱えている状態だった。
トイレにも立たず話もせず、ただ黙々と取り組んでも歯が立たず。
早く息子に会いたい!という集中力だけでどうすることもできず、
作業時間として残業が必要だった。
5月の最終週はいよいよ山場で、コンピュータの不具合。
息子が寝てからの帰宅が続いた。
深夜帰宅後、息子の夜泣き(起き)につきあい、
朝、息子の晩御飯まで用意して、満員電車通勤の生活。
化粧を落とす体力なく眠ってしまう日々は、
今思い出しても、ほんとよくやったよねと振り返りたいところだが、
実際は、違う。
職場で端から見た私はどうだったのだろう・・・反省している。

主人と私は同じ職場だが、部署違い。
偶然、電話でやりとりをする機会があった。
私は事務的に対応したつもりだったが、
帰宅後、主人に電話でのあの対応は不愉快だと言われた。
締切り間際の訂正依頼だったのだが、FAXを望んだ私に対し、
主人はFAXの前に口頭で訂正箇所を言葉で伝えたかったらしい。
私は紙面での確認が安全だという考えに基づいて対応したつもりだが、
主人には電話を早く切りたいという思いが伝わったようだ。
意識的ではないのか? 無意識か?ときかれ、無意識だと答え、恐ろしくなった。
自分では懸命に取り組んでいるつもりが、人に不快感を与える。
ここを乗り越えればという頑張りがマイナスに働く。
仕事は人間関係だ、と思う。思うが、うまく、できない。
よく友人から頑張りすぎないようにと言われる。
肩の力を抜きたくても抜けず、不器用だなと思う。落ち込んだ。

私と朝のほんの少ししか会えない間の息子の様子を保育士の先生に尋ねた。
「ちょっと怒りんぼさんになっていたかな。
普段から穏やかな方なので、ほんのちょっとですけど」
息子がちょっと怒りんぼさんになっていたことはある意味、ほっとした。
内に秘めず、少しでも発散してバランスを保ってくれた方がいいと思うから。
息子も共に頑張ってくれていたのだなと思う。

6月、5月までのしわ寄せをゆるやかに解消する月。
ふっと気を抜きすぎたのか、体の疲れが抜けない。
ほんと色々なものをなくしたな~と思う。
自己肯定感、自信、若さ・・・老けた気がする(笑)
でも、何よりなくしていたのは「余裕」
余裕がなかったことに気づいたのは、余裕が出てきた証拠かな。
とせめて思うことにする。

※小児科に行った時、息子が「ママ 傘」と見つけてくれた。
 病院に連れて行った後、息子の晩御飯→お風呂→寝る時間を計算し焦っていたため、雨傘のことなどすっかり忘れていた。後々になっても、見つかって、よかった。