毎年夏至の三連休ってやつがやってくるのだけれど、

これが楽しみなようでいて、実はけっこう気が重い。

 

それでついに我慢の限界がきて、

「初日からもうどこにも行かない、何もしないぞ」と家の中で決め込んでみた。

 

けれど、やっぱりそういうわけにもいかないのが悲しいところで、

二日目の今日、

渋々とキャンプフィッシングに出かける直前の今この記事を書いている。

 

相変わらず、言い出しっぺの妻は家の中でバタバタと無駄な動きを繰り返していて、時計はすでに10時過ぎ。長男は一度起きたものの、あまりの出発の遅さに呆れたのか、二度寝をキメ込んでいる。いつになったら出発できるのだろう。

 

昨日はとりあえずキャンプの準備を済ませて、

それから市内の水辺へ釣りに出かけた。

数匹のパーチを釣ったところで、すぐに飽きてしまった。

 

そこらへんの地べたに腰掛けて、ぼんやり休憩する。 

面白くもなんともないのだけれど、やることもないし、

お金もたいして使いたくないから、とりあえず魚を釣っている感じ。

でも、この何でもない感じが、実は結構気に入っている。

 

ただ、駐車料金が意外に高かったのには参った。

これからは電車で出てくるか、もう駐車場が無料の場所専門でいこうと思う。

 

そもそも、何でこんなに身体がダラダラと重くなってしまったのか。 

原因は、先日働いたあの現場だ。

 

激務というか、もう本当に激務。 

お金は良いのだけれど、仕事内容にどうしても不満が残る。

そして、そんなふうに無理して稼いだお金に限って、

ストレスのせいか飛ぶように消えていくのだ。

入っても入っても、そのまま右から左へ流れ出していく。

 

昔は、働いてお金さえ稼げれば、それでお金が増えて豊かになると思っていたけれど、

どうやら違うらしい。

仕事とお金に脳みそを支配されてしまうと、逆に富みたいなものは逃げていく気がする。

 

思慮深さとか、物事の取捨選択とか、心のゆとり。 

これらがあって初めて、本当の豊かさやお金が生み出されるんじゃないだろうか。

月に200時間働いて100万程度を稼いだとしても、そんなお金は一瞬で消える。

何も残らず、むしろ精神的には赤字だ。 

 

稼いだ金を釣行にフルベットして、

結局そこから得られたものが「虚無感」だけだったときは、

呆れるのを通り越して、なんだか笑えてきてしまった。

 

今後の目標は、「本当に豊かに生きられる釣りの在り方」。 

結局、この一言に尽きるのかもしれない。

 

さて、家の中はまだバタバタしている。一体いつになったら出発するのだろう。