みなさん、こんばんは。るるんです。



金曜日も楽しい夜となりました。


みなさんには、お変わりなくお過ごしですか。



「愛せないもどかしさ」と題して、「あーたは川で拾ってきた」とるるん母に云われ育ったるるん的心情暴露、いえ、るるん的観点の豊かさにお金ちゃんと愛の関係を書いているところであります。




「そうは思っているけど、行動に移せない」というのは、大概は「本当は自分がそうしたくないから」と考えると楽であると書きました。


物事には定義というのをはっきりさせておかないと誤解を呼ぶことが多々ありますよね。


あの文章を「愛せないもどかしさ」で書いた時に思い描いていたシチュエーションは、どなたかにお礼をいうとか、謝らないとならないときなどでありました。


けれども、人のこころは移ろいやすい上、ときに割と頑固さんになってしまうことがありますため、「ああ、ここで謝っておけば良いだろうな」と社会的通念上感じはしても、かといってすぐに的確な行動を取ったり、謝ることができないことがあります。


この場合に「そうは思っているけど、行動に移せない」という言葉が当てはまるであります。


’なんか、るるんて気持ち悪い’とか’なんか、るるんだけは許せない’とか’なんか、るるんは信用おけない’などなど、このブログを読んでくださるみなさんも思われることがありましょう。


その理由に、’だって、プロフィールに「私、るるんからのラブビーム、受け取ってくださいね」とか平気で書いてるから’とか、’だって、あいつが住んでるのって28階だってブログに書いてあったから’とか、’だって、自分の素情をはっきりさせていないから’などなどが挙げられるかもしれません。


もっといってしまえば、’あいつのブログ読んでると、どういうわけか腹立たしくなるからイヤ’とかいうのもあるかもしれません。


もう、全部アリであります。ああ。


みなさんのるるん宛ての意識を代表した感覚を自分で書き連ねて「ダウンアタシったらそんなにイヤがられてるのね...」と情けなくなってくるところが、もう’だから、るるんは、なんかヤダ’と思われる一番の理由だったりするのかななどと、落ち込んでしまいそうであります。


お蔭さまで、こうした理由のメッセージやコメントが届くなどということは今のところはないのに、想像だけでもここまで書けちゃうあたり、辛いであります、自分。


でも、気をとりなおして、もうちょっとだけ書いてみたいです。(←基本、打たれ強い)(←嘘です汗


で、’そういうところが、イヤなのよ汗’というみなさんも、もうちょっとだけ読んでやってくださいまし。(←お願いしてどうする)



1円から始まるお金ちゃんの単位をたくさん持つことで資産となり、資産を活かしてもっと増やせちゃったりいたしますと、資産そのものがパワーを持ち始めます。


資産を形成するためには、絶対に「お金ちゃん」に好かれなければなりませんが、好かれる方法としましてまず最初にしなければならないことは、どんな方も」仕事にありつけないとなりません。


’アタシはいいの、パパとママがいてくれるから。ケイマン諸島にもたくさん預けてあるし’なーんて仰る方もおいでのご時世なので、’絶対仕事にありつけないとダメ’とは書けないところがこの世のニクイところであります。


一般的に申しましても、国からの保護や権利収入なり莫大な遺産やお給料など、とにかく何らかの形でお金ちゃんがないことには、もしくはご自分を養ってくれる人がいないことにはこの世での生活は、大変であります。


仕事に就くのも人が関係しますし、養ってもらうことこそ人である相手が必要であります。


そんなとき、「愛せないもどかしさ」をご自分が感じてしまわれると、相手にはまたそれが大変よく伝わりまして、豊かさやお金ちゃんを獲得する際にも、その意識が邪魔していただけるものをいただけなくなってしまったりすることがあります。


’えー、なんか嘘っぽーい’と思われる方が多くおいでだろうと思うのですが、コレ、割とまとついてます。


気遣いができる人というのは何処でも好まれるものですが、それが出来ない方がもしいるとしたら、そうした方から妬まれちゃったりする対象になりやすいです。


「何よ、あんた。目立ってんじゃないわよう」とか、「何よ、あんた。媚売ってんじゃないわよう」など理由はあれこれくっつけられることもありましょう。


とはいえ、基本的に人間様とは「自分と同じ感じのヒト」には好ましさを感じるように出来ているようでありますので、あまりにもご自分と違う方には「何よ、あんた」の対象になりやすいものであります。


それが過ぎると、こころを病んでしまうことがありますし、もう、人間がイヤになってしまうこともあります。


愛せないもどかしさというのは、「何よ、あんた」と長年感じてこられた方に多く見られるこころの揺れ動きのひとつであるように感じまして、何らかの事由でこころがあまりにも疲弊してしまうと、素直になりきれなかったりするものであります。


本当は、ごめんなさいといいたいのに云えないとか、「せっかくデートで会えて超嬉しかったのに、憎らしいコトばっかり云っちゃって怒らせたあたしはバカ」などと感じていても、いざその思いを口にしようとすると言葉に出来ないことがあります。


飲み込んだ言葉が多すぎると、素直になれないということはみなさんもどこかでお聞きになられることがおありではないでしょうか。


愛したいのに愛せないもどかしさは、ご自分にとっての豊かさを減少させてしまう働きがあります。


少し長くなりましたので、このあたりで一度収めますね。次回は、「では、どうすると良いのかなあ」を書いてみたいです。


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みなさん、金曜日の夜が始まっておりますよね、ぜひ、楽しい晩をお過ごしになってください。クラッカー



るるん