みなさん、あらためましてこんばんは。るるんです。



前置きが長いので、それだけで眠くなってしまわれたかもしれません。


葬儀や相続の話は楽しくないので、眠いくらいでもしかしたら、ちょうど良いのかもしれないです。



昨日の関東地方は一昨日の雨から打って変わり、大変良いお天気に恵まれておりました。


今月3日の日付のるるんパパ(以下 るパ)からの手紙によって、さんさんと日差しが降り注ぐなか、とあるレストランで食事を兼ねた会合が開かれました。


出席者は発起人のるパにるるん母、姉と私の4人であります。


日曜日の混雑を避けるため先に姉が予約をいれておりましたが、予約しても1時間半しか時間がなかったため、その後にお茶を兼ねてもう一軒はしごいたし、その時間は3時間あまりでありました。


でも、この3時間あまりが、しこりとなっているのでございます。


先にも書きましたが、この会には’絆の再確認’と主題がつけられており、現在は揃っている家族がこれから亡くなった後も皆で助け合うために、元気なうちに話をしておこうというのが趣旨でありました。


人は生まれてくるときはいつもひとり、亡くなるときも基本的にはひとりであります。


わりと昔から自分が死んだときのことをよく考えることが私は多いのですが、後期高齢者の年代に属するるるん両親の世代では、自分が死ぬ時のことを考えるのは、やはり恐怖に結びついてしまいます。


’みんな死ぬのだから大丈夫よー!’などという慰めは、一切通用しないのであります。


るパが手紙をよこしたのは、先日手術を受けられた小学校時代からの同級生が電話をくださったことに起因し、’具合が悪くなってから、自分たちの葬儀のことを話合っているのでは遅い’と実感したからであるようでした。


日曜日に会う約束をした矢先に残念ながらそのお友達は亡くなられたそうで、先週るパはお通夜と告別式に伺っており、土曜日に戻ってきております。


それだけに、るパにはより身近に死ぬということが感じられている頃であります。


この会合に出席するに先だって、るるんは相続についての本を買ったとお知らせしました。


それは、弁護士の長谷川裕雅さんという方がかかれた「モメない相続」という朝日新書から出されている本であります。


先日会った妙齢のマダムに「相続はもめるもの」と聞いていたので、このタイトルに引かれたのだと思いますが、相続に詳しくないるるんが読んでもわかりやすく書かれております。



’どなたが見ても、わかりやすく書かれております’。

http://www.e-fukugyou.net/qavmw/



食事中は、るパが参列してきた告別式の話しに始まり、るパの両親が亡くなった際に相続をどうしたのかということを話してくれました。


私が高校の頃にはもう父方の祖父母は亡くなっていたので、るパから相続の話を聞くのは昨日初めてのことでした。


るパには妹と弟がおりまして、相続の際にはもめたくないからかどうかはわかりませんが、るパは相続を放棄しています。


自分で納得してのことなので、るパは相続をしなかったことには文句はないのですが、るるん母はわりと気にはしているようでした。


それで、葬儀や相続とは、’もう、過ぎたこと’であっても、人の感情が絡むだけに’忘れえないこと’であるのを実感いたしました。


るるん家には資産がないから、’いやん、良かった、もめなくてすむ’と家族は思っているはずですが、私個人は、あまりそうは思っていません。


先の本にも書かれているので、ご興味がある方は手にとって見られると良いのではないかと思うのですが、資産があるなしにかかわらず、子供さんがおいでの方は20代であろうと50代であろうと遺言を書いておかれることを私もお勧めしたいです。


「お金のことはモメるもの、相続ならばなおのこと」と考えて、家の当主であられる方ほど年代に関係なく、まとめておかれることをお勧めします。


人それぞれ亡くなり方は違いますが、残される家族がいるという点ではほぼみな同じであります。


法的にも有効な形で遺言をまとめておかれるのは、残される家族に対する一番の愛であります。


次回は、るるん家とるるんが聞いた話を踏まえて、なぜ遺言を書いておくのが望ましいかを書くことにします。



一晩あけて月曜日はまた夜を迎えております。夜の街


昨日の、3時間あまりというそう長くはない時間を家族で過ごしただけなのですが、るるん自身は、自分の愚かさには今でも腹が立っております。


ゆっくり休めば元気になるかと期待しておりましたが、葬儀や相続にまつわる話は、人の感情に深くまとわりついてくる話しでもあるため、ふと気がつくといつも昨日のあの時間帯を思い出しています。


どうすれば良かったのだろうか、何を言い、何を口にしなければ良かったのだろうかをあれこれ考えては、変わらずに自己嫌悪に陥り、でも私は悪くないとどこか意地を張りたくなってしまいます。


自分が話した言葉は冗談であろうとなかろうと、時を経て実現することが大変多いと感じているせいか、早いうちにるるん両親とるるん姉にはメールででも連絡をしておこうと思います。


私の言葉で彼らの心が引き裂かれているなら、当の私が謝らないことには始まらないからですが、友達に謝るよりも、難しく感じるのはどうしてなのでしょうか。


それは私が結局のところ、自分を許せていないからなのだろうと思います。


みなさんにこの記事を読んでいただくことにしたのは、ご自分の大切な方々に対して、るるんのような愚かな過ちを起こさないように参考になってくれれば良いと願ったためです。


暗い話題で申し訳ないです。ガーン


申し訳ないのですが、書き始めたばかりなので、時間がかかるかもしれませんが書きあげてみようと思います


お時間の許される方は、よろしければ、ここしばらくおつきあいくださいませ。


って、最後の締めくくりのつもりがまた長くなりましたね、すみません。あせる



みなさんにはどうぞ良い晩をお過ごしになってくださいませ。



るるん