みなさん、こんにちは。るるんです。



5月最初の木曜日、雨の続く関東地方は少し気温が低いです。みなさんのお住まいのあたりの天候はどんな様子なのでしょうか。


今日、3日は憲法記念日ですよね。’日本国憲法を発布した日こそ、晴れていて欲しかった’と願うのはるるんだけではないはずです。昨夜、ふたつもの記事を結局自分で消してしまったと理解するまで時間がかかり、ショックで寝付き、ぐったりと起きだした翌日がまた’雨、ザーザー’、もうほとんど泣きそうです。’ショック受けても、結局眠れるんやん’というつっこみは雨のため、どうぞお控えください(理由になってなくてすみません)。



さて、母がスカイツリーに出かける話は、ここ最近の身近で聞いたそれとしては一番話題性があり、同時に一番値が張る話しでした。自分のお金で、話題の場所へと自分が楽しみに行くのは誰にも迷惑がかからず、総合的に見ても幸せな余暇の過ごし方のひとつだと思うのですが、まだ誰にも話していないと母はいうのでした。


「そうなの?だって、この間、いっこさんと西口で会ったっていってたじゃない?せっかくなのに話さなかったんだ」


いっこさんとは、母の従姉で昔から同じ横浜で育ち、それぞれの娘同士の年齢も近いためウマが合うようで、時間を見つけては会っているのです。


「話してない」

「なあんで?スカイツリー、行くのは簡単だろうけど、今月昇るにはチケット手に入れるの大変なんじゃないの?今だからそこ、話のネタに一番なるのに」

「だからよ」


今一番の話題性のあるモノ、こと、人にまつわる話しは、それだけ人の興味をひくために聞く側よりも、話す側が楽しいのだろうと思うと母はいうのです。人の興味をひく話とは、こころが大西洋のように広い方なら、「あらああ、素敵ねえ」と聞く側も相槌を打ってくださるのだろうけれど、それはあくまで、まるで自分に関係のない相手が広いこころの持ち主であればこそ、そうでなければ、その場では聞いてくれるだろうけど、その場を離れたら何をいわれるかわかったものではなく、それが嫌だというのですね。


「あそこん家がいろいろ大変なのはわかってるから、’いいわねえ、あんたは’なんて言われてみなさいよ。なんか、こっちが悪い気がしてくんのよ」
「でも、そんなにいじわるな風に思うかしら?」

「思うわよ」

「まっちゃんも(母の表向きの呼び名です)そういう立場だったら、そんな風に思う?」

「思うわよ」


母よ、それでは仕方ないではないのでしょうか?????ショック!


「なんかね、あそこに行くんだ、ここに行くんだと話して、誰かっから’いいわねえ’といわれるとするでしょ?その言い方って、あるじゃないのよ」

「’あるじゃないのよ’って、どんな言い方よ?」

「その話し聞いてこっちまで’あら、いいわね!’ってこころから喜んであげられるのと、そんな話し聞かされても’あら、... いいわねえ’としかいえないのと」

「そんなのあるかなあ?いい話しなら、’いやあん、素敵じゃなあい’って感じで、聞いてて私も嬉しくなっちゃう」

「あんたはそーかもしれないけど、世の中にはいろんな人がいるんだから、誰彼かまわずどんな話しでもできると思ったら、それは間違いなのよ。あんたが思うようには思わない人もいるんだから」

「そうかしら」

「そうなのよ」



「お金」を愛するるるんではありますが、実際には家族以外の誰かと「お金」の話しをすることはありません。「資料請求もしてくださいね!」などと軽々しく、このブログに「ぺた」をつけてくださった方々へメッセージを送信させていただく際には書かせていただくこともありますが、実生活でそう話すことはないのですよね。「ほおら、やっぱり、やばいから話せないんだ」、そう思われたみなさん、いらっしゃいませんか?


人それぞれの経済状態に加え、お金を通じてそれまで得てきた概念もまた人それぞれに違うため、相手にとっては普通のことが自分にとってはそうでなかったり、またその逆であったりするため、「お金」や「お金を稼ぐこと」に関しては、まず口にはしないほうが無難ですよね。それは、自分を守ることにもつながります。


特に「お金」や「豊かさ」に関しての話題は、話しているうちに自分にその気はなくても不意にその方に与えてしまった嫌な気分があったとしたら、必ず、お金に関してならお金の件で、豊かさにならその件で、相手が感じただろうはずの嫌な気がいつしか自分に戻されてきてしまうのことがままあるのですよね。時間の差こそあれ、みなさん自身にも同じように思い当たる節はありませんか。


お金に苦労してきた人のお金は手元にいくらあっても足りないようですし、お金に苦労はしてこなくても、現在では、それはいくらあっても困らないのですよね。ただ、お金というのは不思議な性質を持っているようで、お金のある人のところになだれ込んでいく傾向があります。富豪とよばれる方々はすでにお金があるだけに、彼らが持つ富は計り知れないです。では、富豪よりもお金がない方はどうなるのかといわれると、ご自分自身にからっとした明るいエネルギーを持っている人ほど、使ったお金が自ら好んで戻ってくるようで、そしてまた経済的には何とか上手くいってしまうようです。 


「誰彼かまわずどんな話しでもできると思ったらそれは間違い」とるるんに諭す母は、この点をついているのでしょう。これ見よがしに話してやれなどと思わなくても私はこの点をあまり考えたことがなく、「悪いことしちゃっていたのかな」とこれまでを反省することになりました。みなさん、その節はごめんなさいでした。


「もー。そんなこといちいち考えてたら、誰とも何も、話せないじゃん!」、そうなのですよね。ブログを初め、フェイスブックに代表される、ソーシャル・ネットワーキング・システム、そしてツイッターなどのコミュニケーション・ツールは、だからこそ盛況なのではないかと思います。現実的にはどんなに話しにくい話でも、その時々の記録のために、話したいけれど本当に話してしまうと角がたってしまうことなどを書いておくには、読んでくださる方々の反応も楽しいというのもさることながら、まず、自分自身の喜びでもあり、癒しにもなるのだとつい最近はじめた者でも感じます。



’「お金」があるのはやっぱりシアワセ’な話をブログにしようと思ったきっかけとなってくれたのが、ココです。るるんの喜びを’あなたにも、わけてアゲタイ’、資料請求してくださいね!


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午後遅くになって、やっと関東地方は雨があがりました。それからまた少し時間が過ぎて夜になり、先ほど少し外を歩きました。雨の続いた5月の第一週目ですが、そのお蔭で街中には潤いをえた木々の新鮮な香りがあふれ、肌寒さも和らぎ、とても気持の良い晩です。明日には良いお天気が期待できそうですね。良い休日をお迎えください。



るるん