みなさん、こんばんは。るるんです。



昨日は誕生日を迎えた母と横浜で一日を過ごしました。


ハワイアン・フラを楽しんでからレストランに戻ったところ、すぐに名前が呼ばれ、席に案内してもらえました。母はちょっとわがままなところがあり、待たせられるのを特に嫌がります。それだけに、入口を入ってすぐに名前を呼んでもらえたときは、せっかくの誕生日のランチを気分よく食べてもらいたかっただけに、ありがたかったです。


ふたりで美味しく食事をしながら、誕生日を迎えた心境を何気なく母に聞いたところ、「そうねえ、... この年まで生きられると思わなかったわよ」というので、一瞬、食事する手がとまってしまいました。


母はどこか気難しく、あまり自分の感情を表にださないところがあります。もしかしたら、昭和二桁最初の頃に生まれた方々に共通する「当時の美徳」なのかもしれませんが、嬉しいときにも悲しいときも割と淡々としているところがあり、家族からしても母が何を考えているのか分からないことがあります。分らないことのひとつに、いきなり、「’お母さん’なんて呼ばないでちょうだい!」と嫌がられたことがあるのです。そんなセリフを聞いた父も特に何も言わず、また、あだ名で呼ばれるほうが母もとても嬉しそうなのですよね。それで、もうずいぶん昔から、母のことは、名前のひと文字をチャンづけで呼んでいます。


そんな風に少し変わったところのある母なので、「お誕生日が来て超ウレシイ!娘にも祝ってもらえて、きゃあん、シアワセー!!」などと素直に喜こぶとは思っていませんでしたが、かといって、「もっと早くに死ぬのだろうと思っていた」とはまるで知らず、ぎょっとしました。


「別に、何か健康に問題があったってわけじゃないの。ただ、ほら、ね...、まあ、この年まで生きてくれば、いろいろと、あるもんじゃないの...」と食事をしながら静かに話す母を見て、何やらこれまで捉えていた彼女に対する印象とは別の姿を見かけたような気がしました。’いろいろ、確かにあるわよね’とは思いつつ、けれど、それ以上は今日は聞いてはいけないような感じがし、軽く相槌をうって話題を変え、他の話題でふたりしてよく笑い、よく食べ、またしっかりとデザートをたいらげ、席を立つことにしました。


レジでは母がお財布を出そうとするので、「今日はお誕生日なんだから、私にごちそうさせてね!」というと、「あら、嬉しいこといってくれるじゃないの!じゃ、ごちそうになるわ」というなり、すたすたと入口から出て行ってしまいました。



BAY QUARTIERには、たくさんの洒落たブティックもあるのですよね。お腹がいっぱいになって満足した私たちがぶらぶらとウィンドー・ショッピングをしていると、「あら、これ可愛い。あんたに似合いそうじゃないの、買ってあげるわよ!」と白地に赤い模様の入ったワンピースを見た母にいわれました。確かに可愛いのですが、誕生日を迎えている母に買ってもらうのはなんだか気がひけてしまい、それに欲しいのは服ではないのです。


「何よ、いってみなさいよ」

「えへへ、’お金’!」


「あんたは、’かっわいくない’わねー」と大笑いされてしまい、すぐさま「あたしだって欲しいわよ!」と母は続けます。うふふふ、でも、誰だって同じですよね。



’お金の欲しい私’がいつもお世話になっているのが、ココです。母の誕生日までお世話になってしまいました。お蔭さまで、楽しく過ごせて良かったです。


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今週は木曜日からまたお休みになるのが、早くもとても嬉しいです。良い晩をお過ごしくださいね。


るるん