JET STREAM・・・作家が描く世界への旅。


今週は、作家・村上春樹の紀行エッセイ『遠い太鼓』から、オーストリア・ザルツブルクへの旅を、番組用に編集してお届けしています。


今夜は、その最終夜。


アルプスを越えてやってきたザルツブルク。


音楽祭で賑わう町は、作家が思っていた以上に、クラシック音楽を聴く喜びを与えてくれた。


しかし、夏の季節でも、オーストリアは雨が降りしきっている。


村の小さな旅館で、あるいは雨のザルツブルクで、村上春樹はお気に入りの本を読み、レストランでワインと土地の料理を楽しんだ。


長い旅の終わりが、次第に近づいていた。


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絵葉書を買ったら、雨のザルツブルクの絵が描いてあって、裏に「雨の多い事で有名なザルツブルク」と書いてあった。


絵葉書になるくらいだから、余程雨が多いのだろう。


目が覚めると雨。


目が覚めると、また雨である。


ザルツブルクに限らず、オーストリアはどこに行っても本当に、雨が多かった。


ザルツブルクから10キロほど北に上がって、ドイツとの国境を越えてしまうと、そこはカラッと晴れている。


でも、また南に下りてオーストリアに入ると、見事に雨である。


映画の『サウンド・オブ・ミュージック』を見た方は、オーストリアはいつもかんかん晴れているみたいに思われるかもしれないが、あれは全くの20世紀フォックス的嘘である。



[『サウンド・オブ・ミュージック』]


僕らの行った季節がたまたまそうだったのかもしれないが、あの雨の降り方は、日本の梅雨以上であった。


雨でずっとホテルに閉じ込められていたせいで、オーストリアでは、なんだか本ばかり読んでいた。


持参した『モンテ・クリスト伯』全7巻を全部読んでしまったので、シュラドミンクという小さな町の小さな本屋で、ダシェル・ハメットの『マルタの鷹』を買って、実に久しぶりに再読した。


それを読み終えてからは、トム・ウルフの『虚栄のかがり火』を読んだ。


アルプスを越えて、村の旅館に泊まって、ビールを飲んで、シュニッツェルを食べて、窓の外に降りしきる雨を眺め、牛の首についた鈴がチリンチリンと鳴るのを聞きながら、本を読むという、繰り返しの毎日であった。


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オーストリアで驚きかつ感心したのは、雨がやたらザーザー降っていても、傘も差さず、レインコートも着ず、悠々と素知らぬ顔で歩いている人の多い事。


これは、あるいは気候に合わせて、人間が進化したのかもしれない。


オーストリアでは毎日色んなものを食べたが、料理の名前がそれぞれの土地で異なっているうえに、やたら綴りが長いので、何を食べたかは忘れてしまった。


そりゃまあ注文する度に、その料理名をメニューからメモしておけばいいのだろうけど、そういうのも面倒臭いので、途中でやめてしまった。


料理名をいちいち手帳にメモしながら、飯が美味く食えると思いますか?


僕は駄目だ。


大学1年生の時の、ドイツ語のクラスの事を思い出して、胸が重くなってしまう。


僕が、


「うん、これは美味しい!」


と思ってわざわざ料理名をメモしたのは、ザルツブルクで食べた、野菜をコロッケの中身にして、ラビオリみたいなのでクルッと巻いて、油で揚げた料理だ。


薄味でさっぱりとしていて、拍手して足を踏み鳴らしたくなるほど、ではないにせよ、なかなかの名品だった。


他の場所では見かけなかったから、土地の料理なのかもしれない。


もう一度あれを食べるためにも、またザルツブルクに行きたいな、と思う。


【画像出典】