『42~世界を変えた男~』(原題:42/2013年アメリカ/128分)
監督・脚本:ブライアン・ヘルゲランド
製作:トーマス・タル
製作総指揮:ジェイソン・クラーク、ディック・クック、ジョン・ジャシュニ
音楽:マーク・アイシャム
撮影:ドン・バージェス
編集:ケヴィン・スティット、ピーター・マクナルティ
出演者:チャドウィック・ボーズマン、ハリソン・フォード、ニコール・ベハーリー、 クリストファー・メローニ、アンドレ・ホランドら
100点満点中86点
1940年代後半~50年代後半、アメリカの近代メジャーリーグで活躍した黒人選手ジャッキー・ロビンソンの選手生活と彼の心情を事実に基づいて描くと共に、当時の苛烈な人種差別の岩盤をくずし、優秀な人材の発掘とチームの改革に邁進する経営者の姿を描いた感動の伝記作品です。
黒人メジャーリーガー、ジャッキー・ロビンソンの苦悩と葛藤、そして偉大な足跡を偏りなく淡々と描写する姿勢がうかがえる部分が、地味ですが優れている作品と言えます。内容が濃いので128分の上映時間が短く感じられる程です。また、ハリソン・フォードが特殊メイクを施してドジャース会長役で出演しているところも見所の一つです。
*ジャッキー・ロビンソン(↑本人)・・・1919年1月31日生まれ、ジョージア州カイロ出身。アメリカ合衆国のプロ野球選手(内野手)。1890年頃以降、有色人種排除の方針が確立されていたMLBで、アフリカ系アメリカ人選手として大活躍し、有色人種のメジャーリーグ参加の道を開いた。学生時代の1939年にスポーツ奨学金をもらいカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)へ進学したが中途退学し、その後、徴兵により陸軍に入隊する。ここでも人種差別と戦いながら、軍の黒人スポーツチームのコーチを務めた。1945年にニグロリーグのカンザスシティ・モナークスに入団し、その年ブルックリン・ドジャースの会長のブランチ・リッキーに誘われ、傘下のAAA球団モントリオール・ロイヤルズに入団し、1947年にはドジャースに招聘された。人種差別を理由に他のチームはドジャースとの対戦を拒否する動きを見せたが、コミッショナーやリーグ会長らは、メジャーリーグの将来と球界の発展を考え、対戦を拒否したら出場停止処分とすると発表した。彼の偉大なる実績により、彼が付けていた背番号42は、彼のメジャーデビュー50周年にあたる1997年4月15日に全球団の永久欠番となり、2004年からは4月15日を「ジャッキー・ロビンソン・デー」と決められ、その日だけは希望する選手選手全員が背番号42を付けて出場できるようになった。現在では、選手、監督、コーチ全てがこの日に背番号42を付けてグランドに出ることが許されている。
(あらすじ)
1947年、ブルックリン・ドジャース(ロサンゼルス・ドジャースの前身)の会長、ブランチ・リッキーは年俸が低くても結果を出す優秀な選手を探していた。彼はニグロリーグでプレーしていたアフリカ系アメリカ人のジャッキー・ロビンソンを見出し、彼をチームに迎え入れる事を決める。だが、当時の米国社会はまだ黒人差別が激しく、有色人種排斥を決めていたメジャーリーグも白人だけのものだった。彼のメジャー球団への入団は球団内外に大きな波紋を巻き起こす。案の定、ロビンソンは他球団はもとより、味方であるはずのチームメイトやファンからも差別を受けてしまい、孤独な闘いを強いられることとなる。これに対し、リッキー会長は、ロビンソンには「人種差別を受けても、やりかえさないだけの根性を持て。そして、常に紳士的に振る舞い、皆の尊敬を集めろ。」と厳命し、チーム内では人種差別をする選手、スタッフを厳罰に処す方針も打ち出す。一方、ロビンソン自身は、チーム内外での差別や偏見に基づく苛烈な罵倒中傷に耐え、妻レイチェルに支えられながら好プレーを続けていく。彼のひたむきなプレースタイルと真摯な態度は、グランドでの打撃力・守備力にも現れ、次第にファンとチームメイトの心をつかみ、チーム内で彼に味方する選手も現れるようになる。












































