【REAL-ME!】否定されぬ投稿はない。

こんにちは。朝晩寒くなってきましたね。
落ち葉がちらほら道を飾り始めてます。🍂

すっかり1か月ぶりの投稿となってしまいました。


前回は、繊細さんや感覚派の人は
「外に意識を向けないで自分に向けること!」

というお話しをしていたのですが、
これはやっぱりまわりまわって自分に向けて
書いているのだとつくづく思いされます。

かなり深ぼった考察を述べておりましたが
じゃ、当人はできているかと言いますと
そんなことありません💦


「ん、出来ていないじゃないか!」
と、これまた気づかされてるわけです。

まあ、0-100の話でないので
白黒つける必要はないですよね。

それはしんどいものの見方。

できてるところもあれば、
まだそうでないところもある、
それだけのことですからね。

 

一生発展途上だと思えば

納得もいくのです。

そもそも自分では、

できていないところを
発見することができません。

気づいてないものには

気づきようがないのです。


何かの折に反応が生まれ、
あ、ここにあったか!

とようやく気づく

「ここが自分は恐れが発動する

ポイントなんだな、
外に矢印むけてるのはここか」

そう気づいていくことで
そこに新たに向かっていけるし
深めていけるのです。

先日、SNSの投稿した際に

 

「あ、なんか誤解されるかな」

「こんなこと書いたら
苦言呈してくる人いるだろうなあ」

と、頭の中で勝手に反論、苦言が
とんでくる予測をしておりました。

頭の中、一人芝居が始まってました
不毛なバッテリー消費です。


外を向かないをやること!
と言っときながら

恥ずかしい話ですが
反論、否定、苦言、無関心は
いまだ怖いのです。

身構えて見張っているのです。

まだ自分をさらけだす覚悟が

整っていないのだな、と
先日、はっと気づかされたわけです。

中傷や非難苦言が怖くて
身構えるということは
それが起きる未来を拒否してること。

その可能性を否定しているということ。
それが降ってこないように
一生懸命抵抗している様。

そうなると、起きてほしくないものが

起きてこないように、先回りして
表現を苦慮躊躇し、やんごとなきように
丸めてしまうということです。

あ、いつまでも囲いの中に

収まってるよな、おれは。
いつまでこれやってるんだ、これ。


そこでハッと言葉が浮かんできました。

否定されぬ表現はない。

何かしら自分の意を表したらな
そこには必ず賛同もあれば
否定非難も起こりえる。

これが道理です。

欲しくないものを拒否するのは
ごく普通の反応で
悪いことではないですが

欲しくないから来ないで!
と追いやろうとする様は

本当の自分を生きることから
外れていくことにほかならぬ。

といっても
わざわざことを荒立てよ、
ということではありません。

「なにをそんなに君は
怯え身構え誤魔化しているのですか?」


という自分への問いなわけです。

非難苦言きたら嫌だな・・・
というへっぴり腰でいるよりか


来るものは来る!


もしそう思われるなら
それも甘んじて受け入れよう

それでも自分は自分が伝える
ものを発していく。

この様への覚悟です。

嫌なものは、嫌です。
苦言や非難はほしくありません。

できれば賛同が欲しい。

だからといって
それを恐れていたら
やっぱり自分ではいられなくなっていく。

丸まったものでしか

届けられない。

 

そんなものに

誰が本気で響こうか。


だったら、どうであったって
俺は俺でいよう。

素直に発しよう。

そう思えたのです。

これは傍若無人に振舞う
ということにはなりません。


いかなるものにも
それはそれで、そうであるのだ
という尊厳、敬意を示すものだからです。

すべての可能性を含み入れる

とはそういうこと。

自立自責と同義です。


ってば、ほんと、
肚くくったようで括れてない
自分に気づかされますよ

おなじようなところ

ぐるぐるしてるもんですから。


でも、それでいいのです。
気づいたら、その皮を一枚むいていく。

タマネギをひたすらむいていく。
はいできました!

ってゴールにしちゃわない。

出来てる人ぶらないのよ。


ひたすら一生かけて

やっていきゃいいんです。

ビビりなまま、

やってきゃいいんです。

今回だって、
気づいたようで、また気づいてない部分が
また現れてくるでしょう。

そしたらまた、ああ、ここね
ってむいていけばよい。

永遠にそれ繰り返していけば

よいんです。

自分はもうできてます!
って顔したがるとしたら

化けの皮はがれるのかくして
怖がってるだけですから。

強がってかっこつけてきた
せんちょーだから

そこんとこ、よくわかる。

いまだって

恐れは常につきまといますもの。
 

で、心持が収まってきたら
また肚くくり直して、再出発。

賛否は常に両論。
否定されぬ投稿もない。

賛同の逆端には

否定も備わっている。

来るものは来る。

だから、やらずに済ますのか。
それでも、自分はやると進むのか。

そこに立つのです。

 

 

・・・

ということで

やっと次に進んでいきます。

 

紐解けてきたものを

全開で出してく。

 

今だって怖い。

怖いまま走る。

 

そこに共鳴する人がいる。

俺はどこまでも俺。