【REAL-ME!】己に立つとは、他力で立つこと。
 
己に立つ
 
とは
 
己自身の足で立つ
 
ということでもありますが
 
 
それは、
別の側面から言うと
 
己の足で
立っているのではなく
 
 
その実、
他の力によって
立たされているのである
 
なのですね。
 
 
実際によっこらしょと
立ち上がって立ってみます。
 
自分の意志で立っている
そう思うのが普通の感覚。
 
 
でもね、
 
宇宙空間で立てますか?
 
ちゃんと地があり
空間があるから立てるのです。
 
 
地球の重力があり
そしてあまりなじみがない
言葉だけど
 
反発して伸びていく力
斥力(せきりょく)があるから
空間に体をなせるのです。
※説明はうるおぼえ
 
 
他の力によって
そうさせていただいている。
周りの何かがあってこそ。
 
全体のひとつのなか。
 
 
自然の内に生きるもの
存在するものは
ただその理に沿っている。
 
 
自分が!(我)、という
力みがないから
 
自分の意志で立っている!
この俺が、この私が
という理ではいない。
 
大いなる調和のもと
動いているだけ。
そこにあるだけ。
 
他の何かの力によって
そう在らしめていただいている
ただそれだけのことだけど
 
 
俺たち人間は
あたかもすべて自分の力で
意図して為していると
錯覚しているのね。
 
 
でもね、
 
大いなる理(ことわり)
からみたら違うのよ。
 
そうではない。
 
 
己の意志で立っているようで
そう立たせてもらっている。
 
立たせてもらうための
重力と斥力と立つ場、空間を
与えてもらっている。
 
立つための身体、カタチを
与えてもらっている。
 
自分が立つと決めたかのような
(外部的要素から引き起こされる)
きっかけ、シグナルを与えていただいている
 
連続の展開性の
引き続きの一幕。
 
 
本来は、そう。
 
本来の自分って
自然な自分で、
素の自分だから。
 
 
なんの力みもない。
だらけもない。
身構えがないの。
 
 
ただ、そう在る。
 
 
スッと立っている。
自然とそこにいる。
 
周りのものと
折り合いがつくように
収まっている。
 
 
そんな立ち姿には
己は、
ただ大いなる理の一部
 
そういう全体の
一部である様を感じるの。
 
 
 
まるで身体の一部や
細胞一つ一つが
 
これが俺だ、私だと
勝手に騒ぎ立てるのではなく
一つのものとして調和し
連動している様のように。
 
 
それぞれが一つの
様、役割、機能を全うしながらね。
 
 
細胞が行先を決めてるんじゃない。
 
決めてるのは
大いなる全体のひとつなるもの。
 
 
だから、
俺たちはただ
起こることを眺めていればよい。
流れてくるものを受け取ればよい。
 
 
引き起こされて展開される
その現象、出来事を
 
「あ、これが流れてきたのね」
 
「らじゃー!('◇')ゞ 
このシーン引き受けます!」
 
と眺めるの。
その意識で事に当たるの。
 
 
あ、これ、誤解しないでね。
 
流れてきたもの、すべて受け取るって
例えば絶対嫌だって思う人に
プロポーズされたのも受けなさい、とか
 
売りつけられた望まぬ商品、サービスまで
承諾しなさい、ってことじゃないからね💦
 
ま、そんなことしないでしょうが。。
しっくりきづらいところ。
 
このへんが、
言葉の御幣あるある。
 
 
あくまでは、受け入れるのは現象。
展開されるシーン。
(人、ものごと、言葉もろもろ)
 
 
流れてくる展開そのものは
どうであろうが
自分にとって都合よいもの、
悪いもの、関係なしに
 
これが今、そうなんだ!
と引き受ける。
 
 
都合よいものだけ
引き起こってほしいと
望むのは、いびつね。
 
来るものは来るのよ。
流れてくるものは
流れてくるの!
 
 
そもそも、
良いも悪いも俺たちの目線で
判断できるものはじゃないから。
 
 
 
 
ただ、
間違いなくあるのは
俺たちの内側がどう囁くのか。
 
 
囁きはいつでもある。
その声に従うこと。
 
 
 
カタチじゃないんだ。
それ、外側。
 
展開される情景は
すべて外側。
 
 
それは
俺たちが決めることじゃない。
 
 
すべて決められ、
既に定められているものが
展開されてくるだけ。
 
 
だったらさ、
らくちんじゃね?
 
 
どう判断しようが
何を選んで行動しようが
全部決まっているなら
 
外側見て
不安や恐れ、疑いのもと
身構えて判断していたことを
しなくてよいってことだよね。
 
 
どう選ぼうが
自分が選んでいないなら
 
 
自分の小さなささやきに
耳を傾けて
その通りに進めばよいだけ。
佇めばよいだけ。
 
 
この虚の主、虚の自分が
(陰陽二極の世界の自分)
 
なんでもすべて自分の意志で
決めて行っている
 
自分の望みは自分がかなえられる
 
そう
思い違えている囚われ
力みや無力感から
 
もう解放されてもよいんじゃ
ないっすか?
 
って
せんちょーは思うのね。
 
 
ただ素の己である。
 
軽やかだね。
 
 
起こることすべて
ぜんぶ、俺とひとつ。
 
全てとひとつ
今が最高に幸せだから
ボンボヤージュ!船