【波紋の中心】普通になるな・普通でいい

 

今年は花見が

いい感じでした。

 

年度切り替わりの

時期とも近いし

サクラが咲いて散って

 

で、また新たに

何かが始まっていくなあ

っていう感触の。

 

せんちょーも

せんちょーを脱ぎますよ。

 

それにあわせて

このブログも今月で

終えようと思います。

 

もともと

山原船長で始めた

このブログ。

 

そののち

山原裕之に戻り

せんちょーというネームで

続けてた。

 

ですがそのネームすら

もう必要なくなったかな。

 

「自分であれ!」

を掲げてきた。

 

「自分の人生の舵は

自分で握る船長」

を体現しようとしてみた。

 

そして

「漂流してもいい船長」

「沈没もありだよ船長」

となった。

 

そしたらどこに

運ばれるのだろう・・・!?

 

舵を手放し

流されてみた。

 

そしたら

 

「自分であれ!」

「特別でなくていい」

 

なのだと見えてきた。

 

「普通であればいい。

自分という普通を生きる。」

 

それは

何かカタチとして

外に見えなくてもいい。

 

誰かに見せなくていい。

表そうとしなくてもいい。

 

そうでないとしても

それはそうであるのものだから。

 

自分という普通は・・・

誰かの特別である必要が

ない。

 

あってもいいが

なくてもいい

と気づくもの。

この日常が

既に特別だから

どうであってもね。

 

 

樹木希林が面白いこと

言ってる動画がある

真逆のタイトルでね。

 

「普通であるな。」

「普通でいればいい。」

 

これも

同じことなんだ。

 

高見というものを観てもいい。

迎合せずともいい。

エゴも人間の持ち物。

そして己を生きればいい。

ただ既に充足である

足元を忘れない限りは。

 

この波、この感触ね。

 

基準を外に置かず

内に置くならば

特別である必要は

もはやない。

 

既に特別だから。

 

ただ

 

自分である普通を

生きていけばいい。

 

・・・

そこに来たら

何かを指し示す役目は

脱ぐ時だと知ったのよ。

 

せんちょー

という役目は

もはや必要なくなったんだ

 

と。

 

 

なのでいったん

せんちょーブログはおしまい。

今月で終了。

 

 

次は裕之ブログを

つづろうと思いますけどね。

 

普通の人(裕之)として。

 

この普通の日常を

流されていく。

 

 

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※バガボンド29巻 この波だ。

 

この当たり前の足元が

完全で完璧の流れだから。

 

そのすべてが・・・