猫も杓子も皆が好きだった、誰もが待ち焦がれていた
彼を。本当に?
ポップでキャッチーだがキッチュであまのじゃくで
甘い外ヅラとは裏腹に少し危険なトリックスターだった
はず彼は。それがもうワイドショーのコメンテーターたち
諸手を挙げて褒め称え、少し小言じみた発言のいちいちに
ワカリマスワカリマスナルホド~と媚びる。へつらう。ごまを摺る。
清志郎が死んだ時に、あれほど特異で全方位アンチな
ペルソナを身に纏いつづけた彼を誰もが愛してやまなかった
ことになっていた。殉職→二階級特進→神、の死後出世?
あの時とよく似た呑み下せない違和感、異物感。もしくは
『千と千尋』には一部の劇場でしか上映されなかった
幻のラストシーンがある、曰く千尋は記憶を消され舞い戻った
現実世界で小川に姿を変えたハクと再会する、引越し屋が
呼んでいる…みたいな。それを観たと言い張る人が結構いる。
あると言われればある
ような、ほんの悪戯な刷り込みにまるっと記憶を操作されちゃう。
情報社会の寓話。うそから出たまこと。まことから出たうそ。
19年ぶりのオザケンのシングルは

お茶の間が沸騰するような、ワイドショーが事件として
垂れ流すような代物じゃない。どこまでも小沢健二で
元々なかった声量を少し老いて硬くなった喉から振り絞る
わかったようなわかんないような
歌詞のオザケン節。どの露出も「1993年ソロデビュー」で
押し通しているが、フリッパーズはなかったことなのか?
あのふたりがふたたび、ってことなら事件だ。
テリーや加藤が深刻な顔でその恐るべき事実を伝えたっていい。
『恋とマシンガン』使ってんの、どこのワイドショーだっけ?