甲府から富士川沿いを下り、身延あたりから
南アルプス街道を駆け上がると発電所で行き止まり。
この道はどこへも通じない。その手前に湧くのが
奈良田の里温泉。
屈指のトロミ湯。
うん。葛湯に身を沈めたらこんな感じじゃない?もしくは
大地の荒ぶる神に抱かれる神々しいローションプレイ。
その少し手前が西山温泉。元湯蓬莱館は鄙びに鄙びたボロ宿。
意中の女性を温泉に誘って「ここに泊まるよ」と言ったら
ほっぺた引っ叩かれて徒歩で下山されるレベルの。いやマジで。
今の時代、いい湯が湧くくらいで客は来ない。たぶん普通は
道をはさんだ反対側にそびえる豪奢な慶雲館を選択する。
施設の修繕やアメニティの充実や、ホームページをちゃんとしたり
そういう攻めのディフェンスでどこも集客に躍起だ。おもてなし。
でも僕はそれいらない。見せかけのおもてなしには裏を感じる。
温泉とは地の恵みで、宿も客もそれを享受する
させていただく。畏敬と謙虚さを忘れては
だめだよ。そのうえで最低限の志をやりとりする。
温泉はビジネスじゃない。ラブホじゃないんだ。
…とはわかったうえでも蓬莱館のディフェンスの甘さはちょっと
清々しいほど。外観と内装の傷み具合は痛々しいほど。
でもほら。結局は湯ヂカラだ。
無数のオレンジ色のゼリー状の湯の花が吹雪く。ブリザード。
この正体はなんなんだろうな…と想いを馳せながら、体温ほどの
湯にくるまれていると事切れる。忘我。下界に残してきた
わずらいごとはなかったことになる。一瞬でも。やがて果てる。
効能は諸々でしょうが、とどのつまり
大自然に官能をゆわされて無になりたい。
温泉はソウルフルだ。たぶん禁制のクサやケミカルにいちばん近い。
見えざる手が背中から入って悩ましい回路を易々とぶった斬る。
これを超えるのキスやクスぐらいだなきっと。