頭肉、頭脇(ずきょう)、脳天、てっぺん、ハチの身、ひっかき。
色んな呼び名があるようでどれもどうも魚屋で口に出せない。
「まぐろのアレ、頭のところのやつ…ありますか?」
と尋ねて一度、おカシラを丸々持ってこられたことがある。
滅相も御座いません。
まぐろは大中のトロよりもここが滅法旨い。

テクスチャー上、寿司ネタやお造りに向かないのと
まあ希少部位なので市場には出回らない。場外の
斉藤水産は母貴美子が贔屓にしていたまぐろの仲卸で
店先には並んでないが、いつもおずおず「アタマ…」
と口ごもってると「あいよ!」と奥からご登場あそばす。
この闇売買感。
つのトロの異名もあるらしい。

脂乗ってる。筋はあるがほどけがいい。舌で潰せる。
そこらのスーパーや回転のトロは脂が酸化して臭いので
買わない。安い冷凍の赤身でじゅうぶん。だったけど
件の洪福寺の魚幸水産のブツと
ここのまぐろは、デパ地下やカウンター寿司でオレたちが
どんだけカモられつづけたか、結局のところまぐろって
信用取引じゃん。
という至極当たり前だが、この世の闇を照らす鮮烈な
メッセージだ。安くはねえが真に価値のあるものを
市価の八割の値で体感二倍旨いものをもたらしてくれる。
それがあるべき食の商いだぜ。金看板と名にかけて。
その心意気。全小売業かくあれかし。