悩み相談~恋愛、受験、就職、仕事、転職、結婚、離婚~

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最後の5.の項目です。


ボクの部署は1つのプロジェクトごとに予算の管理をしていました。

その中に自分の工数も管理されていました。

そうするとどうなるのか・・・?

安く取ってきたプロジェクトは予算が厳しく、高めに取れたものは予算にゆとりがありました。

しかし工数自体は社内で統一するのではなく各プロジェクトごとに管理ですので、当然安いプロジェクトは工数が厳しい状況です。


社内でトータルで決算で黒字の管理だけならば良かったのですが、プロジェクトごとに黒字が必達でしたので安いものを引くと悲惨でした。

複数のプロジェクトを同時に抱え、纏めて自分の工数を捻出する必要がありました。

捻出できない場合にはサービス残業を行うことになるのです。


また上司やもっと上の人たちの考え方は、サービス残業ありきの考え方でした。

”昔は・・・”とよく言っておられました。

また、”時間ではなく成果で残業をつけろ”みたいなこともよく言われました。

この考え方にボクはギモンを持ったのです。


まず”昔は・・・”については、明らかに時代が変わったのです。

無償労働は絶対にNGだというこのご時勢に、それでは会社が成り立たないという発言をされていました。

違うと思います。

成り立たない事業は撤退すべきなのです。

それでも成り立つように舵取りをするのが、上に立つあなた達の仕事なのです。


”成果で残業”についても然り。

その業務を担当させたのはあなたなのです。

他のできる社員なら定時内に5日で終わらせるものを、毎日2時間残業しても終わらないその人に担当させたのはあなたなのです。

だから、その残業は正当な残業です。


ボクは自画自賛ですが、比較的仕事は速いほうだったと思います。

そうなると、残業時間が少なかったり休日出勤が少なかったりします。

それに対して上司は褒めるどころか、”あいつヒマなのか?”とのたまいました。

全くもってやりきれなくなった瞬間でした。

仕事が遅いのか、大変なのかは分かりませんが、残業、休日出勤をしている部下は評価が高く、納期通りに工数も少なく終わらせるボクは酷評される始末。

この繰り返しが、ボクの中で徐々に退職への気持ちを強くしていったのです。


ちょっと忙しかったため間が開いてしまいました。


さて、4.についてです。


ボクの前の会社はまあまあ有名な音響メーカーでした。

入社した頃はホームオーディオとカーステレオで、まあまあ勢いのある会社でした。

その後、ナビゲーションが当たり業績も良かったです。

そして満を持して投入したのがプラズマディスプレイ(PDP)でした。


オーディオメーカーがTVかよ!?と社内でも話題になりました。

しかも発売当初の価格は50インチで150万円!

もはや売れる気がしない商品でした。

社長は「これは素晴らしいものです。私も買いました。ぜひ皆さんも!」と朝礼でのたまい、社員から失笑されました。

そんなものを買えるような給料をもらってない!ということですね(笑)


世界初の市販商品であったため先行していたこともあり、一時はシェア40%を越えるくらいでした。

この勢いで他社が手放した工場を破格の値段で買い取り、借金も増えました。

しかし大手家電メーカーの追随にあい、価格は急降下しました。

この価格競争にはついていけず、業績も急降下しました。

たしか5年ほどで赤字に転落したと記憶しています。

そして最終的にはPDPから撤退を余儀なくされました。


この間にリストラを数回実施しています。

工場閉鎖やPDP部門を大手家電メーカーへ移籍させたりと、メチャクチャでした。

ですが、それだけでは納まりませんでした。

借金も膨大なものが残り、リーマンショックで更に深手になっていきました。


電機メーカーでしたので、組合があり電機連合に属していましたが、もはや統一要求すら離脱する始末でした。

ボーナスは激減し、年収ベースで軽自動車1台分くらいは軽く減りました。

残業規制からのサービス残業、経費削減のための給与カット、残業代の割増率の低減、出張旅費の削減のための日当減額、宿泊費減額・・・。

もはや働くだけ損するような状態でした。

しかも会社の業績とは関係なく、ボクがいた部署は黒字、拡大化路線でイケイケドンドンでしたので、会社の方針に従えば働くだけ損するような始末・・・。

やりきれない日々を過ごしました。


ボクの中では、仕事に対する評価とは報酬のことであり、頑張った分お金で返してもらうしか会社からの見返りは無いと思っていました。

実際、リストラで人を切るときは会社は容赦なかったですし、メンタルで休んだ人に対する扱いも飼い殺しのような状態でした。

いざというとき会社は何もしてくれない、自分で何とかするしかないんだ、という思いは強かったです。


次回は5.の理由です。


To be continued...

3.のことについて書きます。

お忘れの方も見てない方もおられると思いますので、何のことかと言えば・・・

”一度きりの人生、好きなことをしてみたくなった”という理由でした。


このように書くと大げさですが、ボクは一生1つの仕事で生きるつもりはありませんでした。

1つの会社に居続ける理由も見つからず、また他にやりたいことがあったというのが大きな理由かもしれません。


何度も書いてきましたが、当時のボクの仕事は好きでやっている仕事ではありませんでした。

正直、会社に行くことが嫌でしょうがなかったです。

そのため、会社自体もキライでした(笑)

会社の人はそうでもない感じでしたけれど。


なので10年で辞めようと思っていました。

良くても悪くても10年。

それまでの間に何か違う次にやることを見つけようと考えていました。


しかし、あっという間に10年という歳月が流れ、やりたいことも見つからず、身に付いたのは嫌だと思い続けてしてきた仕事のスキルだけ・・・。

しかも微妙に評価も高かったと言う皮肉な結果に・・・。


でもやってみたいことはたくさんありました。

カフェ、飲み屋、釣具屋、音響関係、TV・ラジオ、公務員・・・。

どれもこれも中途半端に”あぁ、こんなのもいいなぁ・・・”的な願望に過ぎませんでしたが。


なので、結局前職は16年もい続けることになったのです。

それはそれでよかったと思います。

なぜなら今の仕事に繋がってくるからです。


動けないときはジッと我慢する、これも一つの選択肢だとボクは思います。

ボクには絶対にこれで成功するんだ、という強い意志を持てる希望がありませんでした。

もともとそういう性格、ということもあります。

そういう人はじっと我慢する、という選択もあるということを知ってください。


人生に遅すぎるということは無いと思っています。

転職は35歳まで、と言われる時代に39歳で転職に成功し、収入UPにも成功したのですから、このジッと我慢することは悪ではないということを身をもって証明できたと思っています。


4.は次回また!


To be continued...