悩み相談~恋愛、受験、就職、仕事、転職、結婚、離婚~ -2ページ目

悩み相談~恋愛、受験、就職、仕事、転職、結婚、離婚~

人生に悩む、転職で悩む、結婚・離婚で悩む、仕事で悩む・・・
いろいろな悩みの解決にボクの経験を参考にしてもらえたら・・・
アドバイスを送ることで力が湧いてくるなら・・・
そんなことを思って立ち上げたブログです。

2.の理由です。


上司の方は、もともと信頼の置ける人でした。

仕事もたくさん一緒にしましたし、出張も一緒に行きました。

それが昇進して偉くなっていくとともに変わってきました。

やることも変わってきました。


以前は人間味のある判断をされる方でしたが、だんだん非情なことをおっしゃる方へ変わってきました。

ボクが体調が悪く、休憩時間もほぼ突っ伏しているような状態でした。

しかし担当のプロジェクトが遅れていたため、何とか平日は持ちこたえて休日出勤の前に病院へ寄っていこうと思いました。

9時半頃に病院で順番を待っていると、上司から携帯に電話が来ました。

開口一番ドスの効いた一言がこれでした。


「お前、この物件の落とし前どうつける気なんだ?」

「は?」

「どうするつもりなんだ?」

「すみません、病院にいるので終わったら行きますから」

「・・・ガチャ!」


本当にこれだけです。

もしもしも何も無く・・・。

この瞬間、揺らいでいた上司への信頼は崩れました。

それ以降、距離をとったボクへの上司の当たりは全然変わりましたね。

関係が修復することは離職するまでありませんでした。

ただ、この後もずっとこの人はボクの上司でした。


この方は、その上の上司がやることを陰で批難されていました。

言う事はもっともでしたし、ボク自身も同じ考えでした。

しかし、その方が係長、課長と上に上がっていくにつれ、やっていることがその上の上司と同じになってきました。

好きなこと、興味のあることには食いつき、部下の報告などで興味の無いときにはパソコンの画面に向かったまま、生返事。

正直ガッカリしました。

そういう人ではないと信じていましたので・・・。


そうして信頼できる上司を失い、トラぶっても頼るところもなく、ボクは疲弊していくのでした。

と同時に会社へ行くことすら嫌になっていくのでした。

出張先が唯一仕事上では気の抜ける場所になりましたが、ボクは出張がキライでしたのでまたまた疲弊していくのでした・・・。


3.以降はまた次回!


To be continued...

30歳を過ぎて社歴が8年を越えたあたりに、再び辞めたいという欲求が強くなりました。

その頃何が嫌だったかというのを思い返してみると・・・


1.顧客の要求に対してYESマンだった営業と上層に対して不満、不信感が強くなった


2.直属の上司のやり方に納得ができなくなった


3.人生1度きり、もっと自由に好きなことをしてみたいと思うようになった


4.会社自体が業績があまり良くなく、ボーナスなどが厳しい状況だった


5.サービス残業などが黙認され、働く意欲自体が削がれていた


こんな感じでした。

各項について詳細にはお話します。


1.顧客の要求に対してYESマンだった営業と上層に対して不満、不信感が強くなった


これはほぼそのままですが、普通のメーカーなどは技術職と顧客が直接話をすることはなかなかさせないと思うのですが、この会社は違いました。

”全員営業”みたいなことをTOPが言い出し、トラブルの対応、仕事の引き合いなどが直接設計者へきました。

その結果、見積もりや物の発送などまで業務に含まれ、何をしているのかよく分からなくなってきました。

また、無理な納期、金額など顧客の要求に対して、基本的に営業はYESで答え、上層部も同様でした。

顧客の偉い人に無理を言われると断ることも無く二つ返事で引き受け、その無理をボクらが寝ないで残業し、その残業もサービス残業で対応していました。

そのおかげでボクの事業部は社内でTOPの利益率を叩き出すという。。。

上層部のいいようにやられている感がどんどん強くなり嫌気が差したのでした。


2.以降については次回また!


To be continued...


さて主任になり、その後のボクはどのように仕事をしていたか・・・?

上から振られる仕事は全て受けました。


その会社の製造現場は当時4棟ありました。

だいたい25m☓75mくらいの建物が4つです。

設計をしていた人は約25名ほどでした。

この4棟でその製品を製作するわけですが、ピーク時はこのうち1つの建物がボクの担当する案件で埋め尽くされました。

当時年商60億ほどだったと思いますが、1人で6億ほど抱えておりました(!)

断らないことでどんどん抱える案件は増え、人手もなくあちこちを飛び回っていたように思います。


何故そんなことをしていたのか?

理由は一つです。

自分の限界を認めたくないから。

まして好きでやってる仕事でもないので、追い込まれてアップアップしているところを見られるのも嫌でした。

そんな理由で常に余裕ありありの表情で、飄々と現場を歩いていたと思います。

月の残業が80時間を越えようが、毎週土曜日、祝日が出勤だろうが、飄々としていました。


しかし、気持ちはいっぱいいっぱい(笑)

めげたり落ち込んだり、苦しいから弱音を吐きたくなったり・・・。

武士は食わねど高楊枝、です。

とにかく頑張ってましたね。

ま、頑張ってるのを認めることすら嫌でしたが。


こんな生活が約5年ほど続きます。

30歳過ぎくらいまで、ですかね。

そしてボクにも変化が現れ始めます・・・。


To be continued...