年末のご挨拶
寒さが厳しくなってきて、天気予報は毎日のように「真冬並みの寒さ」とか言っている。12月の下旬は充分真冬ではないのか気象用の定義など知らないが、そんな生活実感とのズレに難癖をつけたくなるくらい朝などは寒い。
私の日常はと云えば、今年は寒さに血迷って余計な冬用グッズを買い込まないように、例年使わないような暖房もそれなりに使って、なるべく寒さをやせ我慢しないようにしている。
それはともかく、年よりじみたことは言いたくはないが早いもので今年もあと残りわずか。
年も押し詰まる師走というものは世の中が騒々しく忙しいということになっていて、世の隅っこで生きる私などもなんとなく忙しく振る舞わないといけないような脅迫めいた圧力がある。忘年会の予定はどんどん入ってくるし、年賀状書きから大掃除だの庭木の手入れだの、果てはあいさつ回りなんて、別に好きな時にやってもいいような気もするけれど、この時期にやらねばならないのは世の中の習わしであるかのようにせき立てられているような気もする。
別に日の巡ることは年末年始だろうと、いつだって変わらないのだからわざわざ改まることはないではないかと文句を言いたくなることもたまにあるのだが、それはただ怠け者の愚痴にすぎないのかもしれない。
でもまあ、忘年会だって声がかかる内が花であるかもしれず、人並みに同じような掃除をして、あいさつに回って、愚かしくも世の中と歩調を併せて何とか今年も生きてきた、どうにかこうにか自分もこの世の中の一員であるらしい、と実感する時期でもあるかもしれない。
たしかに、忙しいの慣例・虚礼は馬鹿らしいと言いつつも、何とかこの一年この世の中に生き延びてこられたことの有り難き不思議。
そう思えばこんどは、世話になった人や家や身の回りの関係を振り返り、共に過ごした一年に感謝して送り、新たな年の幸運を願うことは自然なことに思えてくる。
私もやはり、師走のひと騒動が収まったら、年の暮には門前を掃き、感謝と希望を持って静かに新年を迎えることにしよう。
私の日常はと云えば、今年は寒さに血迷って余計な冬用グッズを買い込まないように、例年使わないような暖房もそれなりに使って、なるべく寒さをやせ我慢しないようにしている。
それはともかく、年よりじみたことは言いたくはないが早いもので今年もあと残りわずか。
年も押し詰まる師走というものは世の中が騒々しく忙しいということになっていて、世の隅っこで生きる私などもなんとなく忙しく振る舞わないといけないような脅迫めいた圧力がある。忘年会の予定はどんどん入ってくるし、年賀状書きから大掃除だの庭木の手入れだの、果てはあいさつ回りなんて、別に好きな時にやってもいいような気もするけれど、この時期にやらねばならないのは世の中の習わしであるかのようにせき立てられているような気もする。
別に日の巡ることは年末年始だろうと、いつだって変わらないのだからわざわざ改まることはないではないかと文句を言いたくなることもたまにあるのだが、それはただ怠け者の愚痴にすぎないのかもしれない。
でもまあ、忘年会だって声がかかる内が花であるかもしれず、人並みに同じような掃除をして、あいさつに回って、愚かしくも世の中と歩調を併せて何とか今年も生きてきた、どうにかこうにか自分もこの世の中の一員であるらしい、と実感する時期でもあるかもしれない。
たしかに、忙しいの慣例・虚礼は馬鹿らしいと言いつつも、何とかこの一年この世の中に生き延びてこられたことの有り難き不思議。
そう思えばこんどは、世話になった人や家や身の回りの関係を振り返り、共に過ごした一年に感謝して送り、新たな年の幸運を願うことは自然なことに思えてくる。
私もやはり、師走のひと騒動が収まったら、年の暮には門前を掃き、感謝と希望を持って静かに新年を迎えることにしよう。