我らに力を | 酒とホラの日々。

我らに力を

$酒とホラの日々。-ノー・ニュークス
『MUSE ノー・ニュークス原発反対コンサート』

スリーマイル島の原発事故の後、1979年に行われた反原発イベント、「ザ・ミューズ ノー・ニュークス反原発コンサート」のビデオ(レーザーディスク)。
当時一流のミュージシャンが結集して、人は原発との共存はできない!と声を上げた。
今見ても真摯なメッセージと、熱いステージパフォーマンスに心が高ぶる。
 
1日で25万人を集めたこのコンサートは純粋に音楽イベントとして成功したというだけではない。今なお感じることのできる高揚した気分は、コンサートに参加した、来場した、あるいはビデオを見たすべての人々が、世界のより良い変化に関与しているのだという確信を共有していたがゆえの熱気のためなのである。

戦後の大衆中間層の拡大ともに生まれたポップカルチャーは、その発展の過程で60年代の反体制運動を経験し、70年代80年代になると、ポップカルチャーによる大規模な感動体験と大衆的な社会意思表示はつながっている、という確信めいた夢を見るに至った。それゆえに何らかのスローガンを掲げた大規模なコンサートの感動共有は、それ自体が社会変革の世界変革の力であるとさえ信じていたものだった。みんなそう信じたかった。

今は戦後経済の枠組みは変わり、ポップカルチャーと大衆的な連帯意識を支えた安定中間層が崩壊に向かう中、大衆層という言葉の意味するところと実体は、互いの足を引っ張り合う引き裂かれた下層階級になりつつある。
何事かを訴える大規模なコンサートも、いまや形式だけが残る。

この大規模な原発反対コンサートの発起人であり主催者の一人であるボニー・レイットが今年久々のニューアルバムをリリースしていた。この際に印象的なコメントがあった。

「・・私たちは世界を変える力があると信じていた。でもそんな時代ももう終わろうとしている・・。」

  
うわべ民主主義の社会でも、企業や政府など大きな権力は民主的な意思決定を嫌う。卑小な一般市民は翻弄されるだけなのか、ネットが真の力になるのか、まだ私にはわからない。
でもきっと、「正しいと思うことに皆か意思を持ってボランティアで参加することで、世界は変わる、変えられる」(N.チョムスキー)。

私もこれを信じたい。