芸術の秋のハプニング
私もまた勤めもあり忙しい身ではあるけれど、芸術鑑賞と称して
音楽関係のコンサートのほか映画や観劇、美術館や画廊にも
出かけたりすることは多い。
もっともそのほかにもいろいろイベントや行事予定はあるわけだから、
ひとつひとつの芸術鑑賞にあてがえる機会はそう多くはない。
そんなに忙しいのならわざわざ何しに行くのかって?
ふっ、まあデートの口実で美術館やコンサートに出かけては
そっと同伴者の耳元に、
「君の笑顔はレンブラントの光より気高い」、とか
「君という楽器で僕だけのカデンツァを奏でたい」、だの・・
・・・まさかそんなこと言ったりするワケがないだろう。
冗談はともかく、
たまたま先日はオーケストラによるクラシックコンサートに行く
機会があったのだが、熱のこもった演奏は見事だった。
ただ、演奏曲の最後の最後に、ホルン走者が演奏に熱をこめたあまり
椅子からずれた自分の尻に気がつかず、演奏しながらにして
床に転げ落ちるという光景を目撃したのだが。
実は私は中学生のころ、腰を下ろそうとした人の椅子を絶妙のタイミングで
引いて尻餅をつかせるのが大好きだった。
椅子引きがうまく決まりもんどりうって人間が転がる様は
鋭い柔道の技がきれいに決まったような快感を伴い、
あたりを笑いの渦に巻き込むのが通例だった。
そしてこの日のホルン奏者の尻餅は、まさに金メダル級の
見事さだったのだ。
私は笑った。
誓って言うが、この笑いは悪意のない無垢で自然なものだったといっていい。
・・・ただ問題は、大きなコンサートホールいっぱいの人間のうち
笑ったのは私ひとりだけだったということである。
この結果すっかり全聴衆の非難の視線を浴びる羽目になった私だったが、
みんなかわいそうなホルン奏者を笑ったことを怒っているというより、
感動の拍手をしようと身構えていたところにそのタイミングを
奪われてしまったことを怒っていたのである。
生の演劇やコンサートはCDやビデオによる鑑賞とは違い、
表現者と鑑賞者の費やす時間が同時に進行する。だから
ハプニングもまた芸術表現のうちなのだ、と閉演後
おしゃれなレストランに美女をエスコートして力説した私だったが、
どうも名誉回復は望みうすで、こんなことならさっさと
「君の肌はモーツァルトよりも僕を陶酔させる」..とでも言って
おくのだったわい、とは思ってもすべてはもう後の祭りなのだった。。