坂の上のいわし雲 | 酒とホラの日々。

坂の上のいわし雲

イワシ雲

今期初めてのことだろうか、昨日の朝、坂を上る道の向こうにいわし雲を見た。
さらに同じ空にはほうきで掃いたような絹雲もあって、どうやら空の上では地上より一足早く秋の気配が着実に進行しているいるということらしい。
 
毎日毎晩のまとわりつくような暑さは相変わらずではあるけれど、季節は突然変わるわけではなくまさに、「夏の中に秋の通う」ことを実感する朝だ。
しかしながら、時に怨嗟の対象となるほどの盛んな炎暑の中にあっても、たとえかすかでも秋の気配を感じることには一抹の寂しさにも似た感慨を抱かずにはおられない。
 
いつか消えるせみの声、色あせていく夏草の葉、次第に伸びていく夕暮れの影、終わってしまう夏休み・・・
あんなに大きく強く圧倒的だった夏も、いつのまにか日差しの力は衰えて、熱い風も吹き寄せることはなくなり、ある日気がつくと澄んだ秋色の景色のなかに立っていることになるのだろう。
 
きっと人もまた同じで、目の前の仕事や義務を必死にかき分けては世の中の流れにおぼれまいと日々無我夢中で過ごすうちに、いつの間にか人生の景色もまた変わってしまっていることに私もいずれ気づく時がくるのだろうか。過去に流れ去ってしまった様々な出来事と、人生の秋の末を過ごすわが身を見て、何がしかの感慨ににひたることがくるのだろうか…。
 
もし日本人の基底に共通して流れる人生観めいたものがあるとしたらそれはきっと無常観であると思う。私たちは事物の永続性を信じず、盛衰を繰り返す世の中の流れの、ことに滅びの予兆のうちに美しさを感じ、はかなさのうちにもののあわれを見出す感受性をどこかにもっているようだ。
 
いま夏は静かにそのピークを降りてわが身のはかなさを思い起こさせそっと無常観で包み込む秋がもうすぐそこにやってきている。