古く懐かしい風景と、変わらぬ人の心 | 酒とホラの日々。

古く懐かしい風景と、変わらぬ人の心

時々、どこか懐かしい昔を舞台にした物語に惹かれ、安らぎにも似た感情を見つけようとして時代小説や古典を読むことがある。たとえばこんな本。


ロッティー 『ロッティー、家へ帰ろう』 テリー・ケイ / 新潮文庫


時代は、世の中も人もまだ純朴だったころの100年前のアメリカで、職業野球のマイナーチームを解雇されたベン・フェルプスと、天使のような美女ロッティーの二度の出会いと事件・秘密を中心に物語は展開していく。
  
ベン・フェルペスは野球選手の夢破れて故郷に戻り、華やかさとは無縁にひたすら地道に働く青年であり、仕事・友人・家族・世間が彼の人生の織り糸だ。
またロッティーは静かな薄幸の美女として描かれるのだが、彼女は代償を求めることなくひたすらただ静かに与えるだけの愛情の象徴でもある。そしてそんなロッティーに巡りあった人々は大きな感情の起伏が生じることになる。
 
この二人を軸に登場人物が出入りしてそれぞれの人生の物語が進行していくのだが、人生とは巡り来る感情のうねりによって彫り刻まれるらしい。わたしたちは喜びや精神の高揚を感じるときに人は生を実感するとともに、痛みや苦しみが人生の陰影を作り出すに避けられない要素である事を物語が描く時に、リアルさと共感を覚えるものだ。
   
そしてこの物語もまた空疎な善人の登場人物たちの楽しいだけの単線ストーリーではなく、苦も楽も迷いもある人生のあらゆる局面に、誠実に向き合う人々の物語である。そしてこの物語を美しい心温まる物語と感じることがあるならば、それは人生の波風を恐れず、愛するべき人を愛し、自身の本来の心素直に向き合ってひたむきに生きる人々を描いた物語だからだ。
 
時代ともに現代の世の中の仕組みは複雑なものになってきたが、一方できっと人の心とは昔と変わらず素朴なものなのだろう。だからこそ昔の物語にも人は同じように感動できるのだし、本書の作者が物語の舞台に古き良き時代のアメリカを選んだ理由もそこにあるのかもしれない。

現代の私たちが向き合う技術や情報は最新鋭でも、存外私たちの心とは昔ながらの旧式のものなのだ。その上、私たちは仕事に追われあふれる情報や変化する価値観に翻弄されてはそんな自分自身の心を扱うことにおろそかになっていることがある。


古典や古い風景の中に展開する物語に共感できることとは、その風景の中にある心と同じままに古い心が自分の中にもあることに気づき思い出すことでもある。


古い風景に思いをはせることは、私たちがみなそれぞれに古びて傷みやすい心を持っていることに気づくことでもある。