梅雨の晴れ間 | 酒とホラの日々。

梅雨の晴れ間

いつの間にやら梅雨入りして迎えた今年の6月二度目の土曜日、梅雨の晴れ間の街中を歩いてみると、緑は新芽の頃の淡い色の頼りなさがようやく濃く落ち着いてきたようだ。
それでもまだ真夏ような日向と日陰の濃いコントラストをつくる濃緑までには至らず、草木がみずみずしさをたたえて伸びやかに葉を広げる今は植物の生育のハイライトなのかもしれない。
 
実はこの日はしばらく音信のなかった古い友人と3,4年ぶりに会ったのだけれど、音信がなかったのもそのはずで、ここ1
年くらいの間にガンが見つかって入退院を繰り返していたのだと聞いて驚いた。まだ若いうちのガンだから転移や再発の懸念もまたあるのかもしれないが、本人はあっけらかんと明るく、酒を飲んで冗談を飛ばすその姿にはまったく不安は感じられなかった。
 
「はっきりしたことは教えてくれないんだけど、たぶん大丈夫だと思うんだよね。」
自身の中で何か確信めいたものがあるような口ぶりに、いつか私もきっとこいつは大丈夫なのだろうという気分になった。
根拠はないのだけれど、自分の内なる声に従って自分で自分をコントロールしているように見えた友人は、ストレスのかけらも感じられなかったばかりか、一緒にいる私まで日頃のストレスを忘れて晴れやかにしてしまったからだ。
 
実際、いつも仕事や世間の軋轢に追い立てられて突き転ばされては汲々として、しわくちゃになった心を引きずって歩いている私たちは、自分の意志で自分の生活をコントロールしているとはいえない場面もまた多い。社会的な自分を生きるがために本来の自分を忘れてしまいかけていることのなんと多いことか。


社会にへつらわない自分的な自分。自分の実感に率直に生きて、自分の心の声に従って行動することは即ち自分の生を自分でコントロールすることに違いない。これができている友人はきっと自分の病気もコントロールすることができることだろう。

  


しばしの歓談の後、まだ明るい暮れ時の街中で次の再開を約束して別れた。
街中は相変わらず人も車も多過ぎたが、梅雨時の緑を抜けて吹き寄せる風は生気に満ちて心地良かった。