散歩にまとわりつく淡い思考という苦と楽
車や不機嫌な顔をした人間の多い人混みを避けて散行するのは私の快楽である。
永井荷風が散策についてこんな事を言っている。
私が郊外を散行するのは、、、、自分から造出するはかない空想に身を打ち沈めたいためである。平生胸奥底に往来している感想に能く調和する風景を求めて、瞬間の慰謝にしたいためである。 唯おりおり寂寞を追求して止まない一種の欲情を禁じ得ないのだと云うより外はない。
なるほど散歩の魅力を能く伝える言葉である。
ゆっくりと変わっていく風景に身を浸し、次々と浮いては消え流れ去って行く様々な想念に身をまかすことの快楽。だが、同時に人は自力で歩いてみることで自分自身の様々な面を知るのではないかとも思う。
足の力みならず様々な感慨、先々の幸不幸までと云うのは大げさだが、歩んできた人生の重みと軽み、楽しい思い出と悔恨、足に溜まる疲れから見通す残された体力や、今あるただ素のままの自分が見えてくるだろう。
大人になって散歩の魅力を知ったことは、いずれ将来老境にまで至ることがあったら、その時までも続く楽しみを発見したことだと思っている。
by Tove Jansson
