春の嵐にご用心 | 酒とホラの日々。

春の嵐にご用心

4月とは春うららかな印象があるものだが、この春というものの不安定なことはまったく油断のならないもので、冬同様の寒気に見舞われることもあれば、初夏を思わせる日差しが照りつけることもあり、さらには急な雨・風・雷、果てはヒョウまで降りつける嵐がやってくることもある。

 

こんなくるくると不安定な春の天候は女性的な季節だと言ったら、現代においては世の中の女性方の猛反発を招きかねないのだが、実は先日、まさに不安定な春の嵐のごとき女性に振り回されあやうく難に遭いかけた。

 

・・・その日は軽い頭痛をもよおすほどの強い日差しの中を出かけたのだが、直射日光から逃げるように瓦屋根と深い軒が作る陰の中によろめき入ると、そこは小さな喫茶も兼ねた老舗の和菓子屋だった。いぐさの香る畳表の長いすに腰を下ろして店内を見回すと、年配の女性店員が二人いるだけで他には客はおらず、振り子式の古時計の音がやけに大きく響く店内からは、表のオフィス街の喧騒がひどく遠いものに聞こえて、まるで時代に取り残された都会の谷間のようだった。

そこが今回のY女史の待ち合わせ指定場所なのだった。

 


約束の時刻を20分ほど回ったころ、表に車が止まりY女史が現れた。20分なら上出来だと思ってY女史を見ると、何と今日は着物姿である。萌黄色の訪問着をキリリと着込んで、普段の化粧っ気の無い様相とは打って変わり、きつめの化粧を施したY女史の外見にはちょっと回りを圧倒する凄みがあった。茶道も能くするY女史が歳に似合わず着物の着こなしも抜群なのは知っているが、こういう日はあまり逆らわない方が良いことを私は知っている。

 


いつも品行方正で美人で知的でおっとりしたY女史だが、そういう自分にストレスを感じるのか、欲求不満がたまるのかどうだか知らないが、時々キレて、挑発的な服や露出の大きな服を着て登場するのを知っているので今回もその一表現であることは間違いない。

おとなしく用事のある店にお供したが、美人のお供といっても、いや、美人のお供だからこそ私にも具合の悪い事情というものがある。

  

さっさと用向きを済ませて帰ろうとすると、今日はジンギスカンが食いたいなどと言い出した。着物着てジンギスカンはないだろうと口を挟む間もなく、服買って近くの知り合いのメイクの店で着替えてくるなどといい始めた。
   
結局ジンギスカンを食って、バーにもはしごして私はさっさと引き上げたかったのにY女史はまだ物足りなそうに、そのまま分かれることに未練たっぷりの信号を送ってくる。・・・こういうときの女性を傷つけずに何事もなく事態を穏便に済ませる手立てはどうしたらよいか、私はよくわからない。
どうするよ、オレ、ピーンチ! 
 
そのとききわめて距離が接近したY女史からジンギスカンの臭いがした。


「う、ジンギスカン臭くね? 二人ともすごくにおってるんでない?」
「あら、やだ」
 
ジンギスカンはうまいがロマンチックではない。急速にY女史のエネルギー密度が下がっていくのがわかって、とにかくとことん臭い仲にいたることは回避されたことがわかったのだった。
 
突然の小嵐に見舞われたものの、こうして危うく難を避けた春の一日だったが、

とにかく気まぐれな春への用心には、越したことはないらしい。