春の雨予報
暖かい春の雨は景色の輪郭をあいまいにし、また、芽吹いたばかりの草木の淡い色には柔らかな雨がよく似合う。 そんな中、私は傘をさして散歩に出かけることがある。 雨の散歩で出会う景色は、いつもとは違った風趣を帯びて、私は行く先々でまるで水を入れたガラス瓶の向こうをながめるような、ここにあってここにない感覚を覚えることになるのだが、それは降りしきる雨のベールに包まれたもの互いの干渉が和らぎ、人も物も風景もまた内向きになるためだろうか。
だからこそ雨の日には内省と物思いにふける散歩の楽しみが一層深まるとも言える。
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そんなある雨の日、近くの並木道をたどって普段はあまり使わない少し先の駅に行ってみると、ただ小さな駅舎の軒から滴る雨水が人のいないホームのコンクリートを叩いているだけだった。
雨に濡れた踏み石の黄、雨だれと一緒に明滅する信号の赤。雨音にゆがんだ踏切の音・・・。 遮断機をくぐって駅前の本屋に立ち寄ってみるといつもより濃くインクのにおいが漂ってきたような気がしたのだが、 雨空色の空気の中では、色ばかりか音も匂いもまた特別だ。
春雨や傘さして見る絵草紙屋 正岡子規
子規の俳句にも、雨の中から生き生きとした色と匂いが漂ってくる。
雨の国に住む私たちは、雨の日の楽しみを知ることで人生の豊かな領域を広げねばならないようだ。