どんぐりの森で迷子ごっこ
公園や町内の道には、拾え切れないほどのピカピカのどんぐりが転がっているのにたいして見向きもされず、いつの間にか蹴散らされてどこかへいってしまうのは不思議でもあり、またもったいないような気もする。
だが自分のことを振り返ってみても、子供のころからどんぐりなんてつまらない無価値なものという認識が刷り込まれているようだから、どんぐりに何の感動を持たなくともそれは仕方のないことなのだろう。
もっとも、古くからどんぐりは救荒食でもあって、飢饉に備えて蓄えられたこともあったし、先の戦時下においては食料物資窮乏を救う民生対策の一環としてあちこちの街路樹にシイの木が植えられたらしい。
つまり食糧事情の改善がどんぐりの地位を低下させ、飽食の時代が止めを刺したというところだろうか。
だとしたら将来、やっと拾ったどんぐりで露命をつなぐようなことが起きないように願いたいものだ。
だからというわけではないが、去年、某ブログで見かけた記事を元にあく抜きの必要のないというマテバシイの実を拾ってきてフライパンで炒って食ってみた。個体によってはあくが強いものもあったものの、素朴な味わいで充分に食用になるものだった。
もっとも、今年もまた食ってみたいと思うほどのものでもないのだけれど。
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誰も見向きもしないピカピカのどんぐり、何か良い使い道はないものかと考えながら
木立の小道を歩いていると、いつの間にかポケットがどんぐりで一杯になっていた。
気がつくと見上げる空の上の方はすでに群青に染まって、
かろうじて木の間から地面に届く最後の残照が帰り道を
途切れ途切れに朱に染めているのだった。
早く帰ろう、帰らなければ。
これそこの方、お待ちなさい。森から持ち出せるどんぐりの数は決まっていて、
その数を超えると森から出ることはできません。
おおそうか、では余分などんぐりは森に返すとしよう。
・・・まあここは森ってほどじゃないけどね。いつか森になるかな。
なればいいのに・・・。
そこで道々、ポケットのどんぐりを地面にあいたセミの穴に転がし入れながら帰って来たのだが
来年の春にはどんぐりが芽を出して、いずれ木立が森になる様子を想像してみた。
つまらないただのどんぐりではあるけれど、
中にはきっと未来の森がぎゅっと詰まっているのだ。