或る自殺志願者の告白
実は高校のころ、一度だけ全部お終いにしようとしたことがある。そう、人生の全部をだ。
名門の進学校に進んだものの、学校にもなじめずその先の目標を見失って成績は最低、優等生の凋落に周りの失望と手のひらを返したようなあざけりにすべてどうでもいいように思えてしまったのだ。別に勉強が好きなわけではない、各地の優等生が集まる名門校でまた優等生でいられるかどうかなど誰にも分からないし、どれほどの意味があるのか分からなかったが、成績の序列だけで人間性まで決め付けられるような雰囲気にとことん追い込まれてしまったのだった。
まだインターネットなど普及する前のことだから、自殺志願サイトのようなものをネットで簡単に探すというわけには行かなかったが、僕は場末の薬屋の裏の仕事のことを聞いて知っていた。
噂では薬屋で中年の女主人にある符牒を言って金を出す。すると店主は奥へ案内して
「向こうの世界」へ行く薬を処方をしてくれるというのだった。あちこち聞きまわって符牒は分かった。代金は3万円だった。
その日、学校をサボって街中を見納めに一日ブラブラしていよいよ夜になると、僕は薬屋へ行って客足が途切れたのを見計らってレジに進み、3万円を置いて言った。
「・・・遠くに行きたいのでいい薬が欲しい。」
女主人は眉一つ動かさず、どうぞ、とレジの後ろのドアを示して、二階の部屋に行くように言った。
通された二階の部屋は六畳くらいの和室に布団が敷いてあり、枕元にはあんどんのようなランプが灯っていて、僕はその横に座ってしばらく待った。
ずいぶん待ったと思ったころ、戸が開いて厚化粧のゾウアザラシのような女が入ってきた。
「あら、ずいぶん若いのね」
年なんかどうでもいいだろうと思ったが、これでいよいよ薬がもらえるのだ。
ところが女は僕に横になるようにいうと服を脱いでのしかかってきた!
なんだこれは!、「ちょっと、違う、違う!」と抵抗するが女はお構いなしに抱きついてくる。
「あら、緊張してるの?ぜんぜんだめじゃない」
だめも何も「違う」のだし、こんな時に、しかも相手がゾウアザラシでは反応するはずもない。
「僕は、違うんだー」といって女を振りほどいたのだが、
女は「なんだ、フン、分かったからちょっと待ってな」と言って出て行くと、すぐに今度はゴリラのようなオヤジが入ってきて言った。
「兄さん、間違えちまってすまなかったなー、
ま、すぐにやるから楽にしてくんな・・・」
ゴリラオヤジとの、そのあとのことは話したくない。
薬屋の案内する「向こうの世界」は僕の期待する向こうとは違っていたことだけは分かった。
ただ、入り口を垣間見た「向こうの世界」とはとんでもないところだった。多少つらくてもまだ「こっちの世界」のほうにしがみついているほうがましだと思った。ともかく逃げ出した僕は、こんなことが今生の最後ではたまらない、まだ死んでたまるかと、裸足で暗い道をひたすら駆けてきたのだった。