大人と子供と水たまり
私が3,4歳のころ、実家の前によく水たまりができて、
通りかかった自動車がぬかるんだ道路に車輪をとられ
立ち往生するのを見るのが楽しみだった。
よく雨の後などにぬかるみができて車が捕まったのだが、
地下水位も高かったのか一度できたぬかるみはなかなかなくならず、
何度も繰り返し車が捕まってはその都度大人たちがやってきては
エイヤ、エイヤと車を出すのが、面白くて仕方なかったように思う。
実家の前は私道だったためにだいぶ後まで舗装されずに土と砂利のまま取り残されて
しかも先が袋小路になっていたため車の通行も少なく、幼い近所の子供の絶好の
遊び場でもあったのだ。
だから、晴れた日が続いてぬかるみが小さくなってくると
私たちはぬかるみに水を運んで水たまりとぬかるみの”保全”を行うことに
余念がなかった。
ひとたび囚われの車の脱出ショーが始まると、必ず私たちは道路わきから
大人たちの大騒ぎするさまを眺めた。中でも工事用車両などの「大物」が
捕まって大勢の人が行き来する様子などは最高の見せ場だったのだが、
時には子供たちの遊び場を占拠してしまってすまないなあ、というように
お菓子なんかをくれる大人もいたりして、そんなときはもうけたような、
どこかうしろめたいような、ちょっと微妙な気分にもなった。
幼い日に見た水たまりはもう記憶の中にしかないが、もしまだあったなら
ラムサール条約に登録したいくらいの大事な水たまりだった。
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今ではもう津々浦々まで舗装が行き届いて、
道路に由緒正しい水たまりを見ることはなくなったが、それでも雨の日には、
子供などは目ざとくアスファルトの上の水たまりを見つけては
水たまりから水たまりをつたって歩いたりする。
ただの水たまりだが、水たまりは地面が見せる表情のひとつであり
身近な地表に生じた”事件”でもある。
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(先日雨上がりに郊外で正しい水たまりを見かけて
車を迂回し降りて写真を撮った。
しかし、水たまりの鑑賞にふける大人って、・・・?。)